第三者
原題:INTERLOPER
著者:サキ Saki
だいさんしゃ
文字数:4,293 底本発行年:1959
東部カルパチア山地の森の中である。
ある冬の寒い晩、一人の男が銃を片手に耳をすましていた。 ちょっとみると、鳥か獣があらわれるのを待っているようだ。 が、じつのところはそうでないのである。 この男――ウルリッヒ・フォン・グラドウィツは、人間があらわれるのを待っているのだ。
彼が所有する山林には、野獣がたくさんいた。 でも山林のはずれのこのあたりには、そんなにいない。 それにもかかわらず、このあたりが気になって仕様がないのだ。 もともとこの山林は、彼の祖父が、不法な理由で所有していた小さい地主から、裁判沙汰で無理に奪いとったものである。 奪われた小地主は、その裁判が不服だった。 それいらい、長いあいだ、両方の地主の争いがつづいて、グラドウィツが家長になるころには、両家の個人的憎悪にまで発展していた。 つまり、この両家は三代にわたって仇敵のごとく争っているのだ。 グラドウィツが世界中で一番にくらしいと思うのは、自分の土地に侵入して野獣をとるこのズネームという小地主だった。 グラドウィツとズネームは、子供のときからおたがいに相手の血にうえていた。 両方が相手の不幸を心から願っていた。 だから、この風の寒い冬の晩、グラドウィツは数名の部下に森を歩かせ、もし泥棒が侵入したら捕えるよう命令したのである。 いつもはしげみに隠れてめったに姿をみせぬ牡鹿が、その晩にかぎって森のあちこちを走った。 ほかの森の動物もいつもとはちがって騒々しい。 そのわけはよく分っている。 ズネームが侵入しているにちがいないのだ。
彼は山の高いところに部下を配置し、自分一人は急な斜面をおりて、麓の深い森へはいり、風にそよぐ梢の音や、木と木のふれあう音に耳をかたむけた。
密猟者がはいりこんでいないか。
ズネームが潜んでいないか。
もしこの風の暴れる夕方、邪魔する第三者のいないこの淋しい森の中で、仇敵ズネームとめぐりあうことができたら、おお、その時こそ――これが彼のなによりの願望だった。
そして、そんなことを考えながら、
の巨木の幹をまわると、当の仇敵とぱったり顔をあわせたのである。
ふたりの敵と敵は、長いあいだにらみあっていた。 どちらも怨恨にもえ、手に鉄砲をもっていた。 一生に一度の情熱を爆発させる時がきた。 けれど、遺憾ながら、彼らはどちらも文明の世に生れた人間なので、無言のまま、平然と人を殺す気にはなれなかった。 どうしてもきっかけというものが必要だった。
それで、二人がもじもじしていると、そこに横あいから、大自然の手が加わったのである。
先刻から吹きあれていた強風が、一段と猛烈に木々をゆるがしたと思うと、その拍子に
の大木の幹がめりめりとおれて、どさんと大きな音をたてて倒れ、逃げだすすきもなく、二人をおさえつけてしまったのだ。
グラドウィツの片手は麻痺し、片手は二股になった枝におさえつけられ、両足も同時に太い枝におさえつけられていた。
重い編上靴をはいていたからよかったものの、そうでなかったら、足がつぶれるところだった。
傷こそうけなかったが、起きあがることはできなかった。
だから、誰かがきて、大木の枝を鋸できってくれるまでは、どうすることもできない。
顔にあたった小枝で、目に血が流れこんだ。
その血をしばだたいて、払いのけながらあたりをみると、すぐそばにズネームが彼同様おさえつけられて、しきりにもがいている、もがいても起き上ることはできないらしい。
そのそばにはたおれた大木の大小さまざまの枝が、いっぱいにひろがっていた。