優しき歌 Ⅰ・Ⅱ
著者:立原道造
やさしきうた いち・に - たちはら みちぞう
文字数:4,899 底本発行年:1971
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優しき歌 
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燕の歌
春来にけらし春よ春
まだ白雪の積れども
――草枕
灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる
とほい村よ
あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き
やさしい朝でいつぱいであつた――
お聞き 春の空の山なみに
お前の知らない雲が焼けてゐる 明るく そして消えながら
とほい村よ
僕はちつともかはらずに待つてゐる
あの頃も 今日も あの向うに
かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると
やがてお前の知らない夏の日がまた帰つて
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ
あのさびしい海を望みと夢は青くはてなかつたと
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うたふやうにゆつくりと‥‥
日なたには いつものやうに しづかな影が
こまかい模様を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
花びらと 枝と 梢と――何もかも……
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
見つめてゐた 山の向うの また
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする青を
ながされて行く浮雲を 煙を……
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
待ちうけてゐた 私の日々を優しくするひとを
私は 見つめてゐた……風と 影とを……
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優しき歌 Ⅰ・Ⅱ - 情報
青空情報
底本:「立原道造詩集」岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年3月16日第1刷発行
1997(平成9)年9月5日第14刷発行
底本の親本:「立原道造全集第一巻」角川書店
1971(昭和46)年6月発行
入力:山口美佐
1999年3月9日公開
2019年9月24日修正
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