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夢十夜

著者:夏目漱石

ゆめじゅうや - なつめ そうせき

文字数:15,837 底本発行年:1971
著者リスト:
著者夏目 漱石
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第一夜

こんな夢を見た。

腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。 女は長い髪を枕に敷いて、輪郭りんかくやわらかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。 真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、くちびるの色は無論赤い。 とうてい死にそうには見えない。 しかし女は静かな声で、もう死にますと判然はっきり云った。 自分もたしかにこれは死ぬなと思った。 そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上からのぞき込むようにして聞いて見た。 死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼をけた。 大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。 その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。

自分はとおるほど深く見えるこの黒眼の色沢つやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。 それで、ねんごろに枕のそばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。 すると女は黒い眼を眠そうに※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。

じゃ、わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。 自分は黙って、顔を枕から離した。 腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。

しばらくして、女がまたこう云った。

「死んだら、めて下さい。 大きな真珠貝で穴を掘って。 そうして天から落ちて来る星の破片かけ墓標はかじるしに置いて下さい。 そうして墓の傍に待っていて下さい。 またいに来ますから」

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。 それから日が沈むでしょう。 それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。 ――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」

自分は黙って首肯うなずいた。 女は静かな調子を一段張り上げて、

「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

「百年、私の墓のそばに坐って待っていて下さい。 きっと逢いに来ますから」

自分はただ待っていると答えた。 すると、黒いひとみのなかにあざやかに見えた自分の姿が、ぼうっとくずれて来た。 静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。 長いまつげの間から涙が頬へ垂れた。 ――もう死んでいた。

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。

第一夜

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夢十夜 - 情報

夢十夜

ゆめじゅうや

文字数 15,837文字

著者リスト:
著者夏目 漱石

底本 夏目漱石全集10

親本 筑摩全集類聚版夏目漱石全集

青空情報


底本:「夏目漱石全集10巻」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年7月26日第1刷発行
   1996(平成8)年7月15日第5刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:野口英司
1997年12月16日公開
2013年7月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:夢十夜

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