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坊っちゃん

著者:夏目漱石

ぼっちゃん - なつめ そうせき

文字数:88,277 底本発行年:1987
著者リスト:
著者夏目 漱石
親本: 夏目漱石全集
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親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。 小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほどこしかした事がある。 なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。 別段深い理由でもない。 新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。 弱虫やーい。 はやしたからである。 小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きなをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかとったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。

親類のものから西洋製のナイフをもらって奇麗きれいを日にかざして、友達ともだちに見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。 切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。 そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指のこうをはすに切りんだ。 さいわいナイフが小さいのと、親指の骨がかたかったので、今だに親指は手に付いている。 しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。

庭を東へ二十歩に行きつくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかくりの木が一本立っている。 これは命より大事な栗だ。 実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。 菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで、この質屋に勘太郎かんたろうという十三四のせがれが居た。 勘太郎は無論弱虫である。 弱虫のくせに四つ目垣を乗りこえて、栗をぬすみにくる。 ある日の夕方折戸おりどかげかくれて、とうとう勘太郎をつらまえてやった。 その時勘太郎はみちを失って、一生懸命いっしょうけんめいに飛びかかってきた。 むこうは二つばかり年上である。 弱虫だが力は強い。 はちの開いた頭を、こっちの胸へててぐいぐいした拍子ひょうしに、勘太郎の頭がすべって、おれのあわせそでの中にはいった。 邪魔じゃまになって手が使えぬから、無暗に手をったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐらなびいた。 しまいに苦しがって袖の中から、おれの二のうでへ食い付いた。 痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけておいて、足搦あしがらをかけて向うへたおしてやった。 山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。 勘太郎は四つ目垣を半分くずして、自分の領分へ真逆様まっさかさまに落ちて、ぐうと云った。 勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。 その晩母が山城屋にびに行ったついでに袷の片袖も取り返して来た。

この外いたずらは大分やった。 大工の兼公かねこう肴屋さかなやかくをつれて、茂作もさく人参畠にんじんばたけをあらした事がある。 人参の芽が出揃でそろわぬところわらが一面にいてあったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんなみつぶされてしまった。 古川ふるかわの持っている田圃たんぼ井戸いどめてしりを持ち込まれた事もある。 太い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水がき出て、そこいらのいねにみずがかかる仕掛しかけであった。 その時分はどんな仕掛か知らぬから、石やぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へし込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって怒鳴どなり込んで来た。 たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。

おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。

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坊っちゃん - 情報

坊っちゃん

ぼっちゃん

文字数 88,277文字

著者リスト:
著者夏目 漱石

底本 ちくま日本文学全集 夏目漱石

親本 夏目漱石全集

青空情報


底本:「ちくま日本文学全集 夏目漱石」筑摩書房
   1992(平成4)年1月20日第1刷発行
底本の親本:「夏目漱石全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年10月27日第1刷発行
※底本の注にれば、本作品の原稿には、「そのうち学校もいやになった。」の後に、漱石自身による2字あけの指定があるという。このファイルでは、その情報にもとづいて、当該の箇所を2字あけとした。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:真先芳秋
校正:柳沢成雄
1999年9月13日公開
2011年5月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:坊っちゃん

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