草木塔
著者:種田山頭火
そうもくとう - たねだ さんとうか
文字数:13,494 底本発行年:1973
若うして死をいそぎたまへる
母上の霊前に
本書を供へまつる
鉢の子
大正十四年二月、いよいよ出家得度して、肥後の片田舎なる味取観音堂守となつたが、それはまことに山林独住の、しづかといへばしづかな、さびしいと思へばさびしい生活であつた。
松はみな枝垂れて南無観世音
松風に明け暮れの鐘撞いて
ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる
大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た。
分け入つても分け入つても青い山
しとどに濡れてこれは道しるべの石
炎天をいただいて乞ひ歩く
放哉居士の作に和して
鴉啼いてわたしも一人
生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり(修証義)
生死の中の雪ふりしきる
木の葉散る歩きつめる
昭和二年三年、或は山陽道、或は山陰道、或は四国九州をあてもなくさまよふ。
踏みわける萩よすすきよ
この旅、果もない旅のつくつくぼうし
へうへうとして水を味ふ
落ちかかる月を観てゐるに一人
ひとりで蚊にくはれてゐる
投げだしてまだ陽のある脚
山の奥から繭負うて来た
笠にとんぼをとまらせてあるく
歩きつづける彼岸花咲きつづける
まつすぐな道でさみしい
だまつて今日の草鞋穿く
ほろほろ酔うて木の葉ふる
しぐるるや死なないでゐる
張りかへた障子のなかの一人
水に影ある旅人である
雪がふるふる雪見てをれば
しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
食べるだけはいただいた雨となり
木の芽草の芽あるきつづける
生き残つたからだ掻いてゐる
昭和四年も五年もまた歩きつづけるより外なかつた。