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山椒大夫

著者:森鴎外

さんしょうだゆう - もり おうがい

文字数:21,948 底本発行年:1972
著者リスト:
著者森 鴎外
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序章-章なし

越後えちご春日かすがを経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。 母は三十歳をえたばかりの女で、二人の子供を連れている。 姉は十四、弟は十二である。 それに四十ぐらいの女中が一人ついて、くたびれた同胞はらから二人を、「もうじきにお宿にお着きなさいます」と言って励まして歩かせようとする。 二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が勝っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして、折り折り思い出したように弾力のある歩きつきをして見せる。 近い道を物詣ものまいりにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、かさやらつえやらかいがいしい出立いでたちをしているのが、誰の目にも珍らしく、また気の毒に感ぜられるのである。

道は百姓家のえたり続いたりする間を通っている。 砂や小石は多いが、秋日和あきびよりによく乾いて、しかも粘土がまじっているために、よく固まっていて、海のそばのようにくるぶしを埋めて人を悩ますことはない。

藁葺わらぶきの家が何軒も立ち並んだ一構えがははその林に囲まれて、それに夕日がかっとさしているところに通りかかった。

「まああの美しい紅葉もみじをごらん」と、先に立っていた母が指さして子供に言った。

子供は母の指さす方を見たが、なんとも言わぬので、女中が言った。 「木の葉があんなに染まるのでございますから、朝晩お寒くなりましたのも無理はございませんね」

姉娘が突然弟を顧みて言った。 「早くお父うさまのいらっしゃるところへきたいわね」

「姉えさん。 まだなかなかかれはしないよ」弟はさかしげに答えた。

母がさとすように言った。 「そうですとも。 今まで越して来たような山をたくさん越して、河や海をお船でたびたび渡らなくては往かれないのだよ。 毎日精出しておとなしく歩かなくては」

「でも早く往きたいのですもの」と、姉娘は言った。

一群れはしばらく黙って歩いた。

向うから空桶からおけかついで来る女がある。 塩浜から帰る潮汲しおくみ女である。

それに女中が声をかけた。 「もしもし。 この辺に旅の宿をする家はありませんか」

潮汲み女は足をめて、主従四人の群れを見渡した。 そしてこう言った。 「まあ、お気の毒な。 あいにくなところで日が暮れますね。 この土地には旅の人を留めて上げる所は一軒もありません」

女中が言った。 「それは本当ですか。 どうしてそんなに人気じんきが悪いのでしょう」

二人の子供は、はずんで来る対話の調子を気にして、潮汲み女のそばへ寄ったので、女中と三人で女を取り巻いた形になった。

潮汲み女は言った。 「いいえ。 信者が多くて人気のいい土地ですが、国守くにのかみおきてだからしかたがありません。

序章-章なし
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山椒大夫 - 情報

山椒大夫

さんしょうだゆう

文字数 21,948文字

著者リスト:
著者森 鴎外

底本 日本の文学 3 森鴎外(二)

青空情報


底本:「日本の文学 3 森鴎外(二)」中央公論社
   1972(昭和47)年10月20日発行
入力:真先芳秋
校正:野口英司
1998年7月21日公開
2006年5月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:山椒大夫

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