• URLをコピーしました!

悟浄歎異 ―沙門悟浄の手記―

著者:中島敦

ごじょうたんに - なかじま あつし

文字数:12,426 底本発行年:1968
著者リスト:
著者中島 敦
0
0
0


序章-章なし

昼餉ひるげののち、師父しふが道ばたの松の樹の下でしばらくいこうておられる間、悟空ごくう八戒はっかいを近くの原っぱに連出して、変身の術の練習をさせていた。

「やってみろ!」と悟空が言う。 りゅうになりたいとほんとうに思うんだ。 いいか。 ほんとうにだぜ。 この上なしの、突きつめた気持で、そう思うんだ。 ほかの雑念はみんなててだよ。 いいか。 本気にだぜ。 この上なしの・とことんの・本気にだぜ。」

「よし!」と八戒は眼を閉じ、いんを結んだ。 八戒の姿が消え、五尺ばかりの青大将あおだいしょうが現われた。 そばで見ていたおれは思わず吹出してしまった。

「ばか! 青大将にしかなれないのか!」と悟空がしかった。 青大将が消えて八戒が現われた。 「だめだよ、おれは。 まったくどうしてかな?」と八戒は面目なげに鼻を鳴らした。

「だめだめ。 てんで気持がらないんじゃないか、お前は。 もう一度やってみろ。 いいか。 真剣に、かけ値なしの真剣になって、竜になりたい竜になりたいと思うんだ。 竜になりたいという気持だけになって、お前というものが消えてしまえばいいんだ。」

よし、もう一度と八戒は印を結ぶ。 今度は前と違って奇怪なものが現われた。 錦蛇にしきへびには違いないが、小さな前肢まえあしが生えていて、大蜥蜴おおとかげのようでもある。 しかし、腹部は八戒自身に似てブヨブヨふくれており、短い前肢で二、三歩うと、なんとも言えない無恰好ぶかっこうさであった。 俺はまたゲラゲラ笑えてきた。

「もういい。 もういい。 めろ!」と悟空が怒鳴る。 頭をき掻き八戒が現われる。

悟空。 お前の竜になりたいという気持が、まだまだ突きつめていないからだ。 だからだめなんだ。

八戒。 そんなことはない。 これほど一生懸命に、竜になりたい竜になりたいと思いつめているんだぜ。 こんなに強く、こんなにひたむきに。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

悟浄歎異 - 情報

悟浄歎異 ―沙門悟浄の手記―

ごじょうたんに ―さもんごじょうのしゅき―

文字数 12,426文字

著者リスト:
著者中島 敦

底本 李陵・山月記・弟子・名人伝

青空情報


底本:「李陵・山月記・弟子・名人伝」角川文庫、角川書店
   1968(昭和43)年9月10日改版初版発行
   1983(昭和58)年9月30日改版24版発行
入力:佐野良二
校正:かとうかおり
1999年2月9日公開
2011年2月27日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:悟浄歎異

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!