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現代語訳 平家物語 01 第一巻

著者:第一巻

げんだいごやく へいけものがたり - さくしゃふしょう

文字数:24,894 底本発行年:1960
著者リスト:
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
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序章-章なし

[#ページの左右中央]

序詞

(祇園精舎)

祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常のひびきあり。 娑羅双樹しゃらそうじゅの花の色、盛者しょうじゃ必衰のことわりをあらわす。 おごれる人も久しからず、唯、春の夜の夢のごとし。 たけきものもついにはほろびぬ、ひとえに風の前のちりに同じ。

[#改ページ]

第一巻

二十余年の長きにわたって、その権勢をほしいままにし、「平家にあらざるは人に非ず」とまで豪語した平氏も元はといえば、微力な一地方の豪族に過ぎなかった。

その系譜をたずねると、先ず遠くさかのぼって桓武天皇の第五皇子、一品式部卿葛原親王いっぽんしきぶきょうかずらはらのしんのうという人物が、その先祖にあたるらしい。

葛原親王の孫にあたる、高望王たかもちのおうは、藤原氏の専制に厭気いやけがさし、無位無官のまま空しく世を去った父の真似まねはしたくないといって、臣籍に降下し、中央の乱脈な政治を見限って、専ら、地方で武芸をみがいてきた。 その子良望よしもちから正盛まで六代、諸国の受領ずりょうとして、私腹を肥やす傍ら、武門の名を次第にとどろかしていったのである。

正盛は、白河法皇に仕えて、信任を得、その子忠盛ただもりは、鳥羽院に取入って、それぞれ、徐々に勢力を拡張していった。 といっても、たかだか、受領職にある身では、とても昇殿を許されるというところまではいかない。 当時にあっては、昇殿を許され殿上人てんじょうびとと親しく交わることが、及びもつかない栄誉であったから、この律義りちぎで賢い田舎いなか武士、忠盛の心に昇殿を望む気持が頭をもたげてきたのは当然のはなしである。

殿上の闇討やみうち

昔の権力者は、地位が安定してくるとやたらに、お寺とか、お墓とかを建てる習慣があったらしい。 人力では及びのつかない、神仏の加護を借りて、権力の座にいつまでもとどまることを願うという心理にもとづくものである。 鳥羽院もかねがね三十三間の御堂みどうを建てたがっていた。 これが忠盛の尽力で完成したときは、大へんな喜びようだったといわれる。 そのとき備前守びぜんのかみだった忠盛は、但馬国たじまのくにの国司に任ぜられ、その上、あんなに待ち望んでいた昇殿を始めて許された。 時に忠盛は、三十六歳の男盛り、その感激は又ひとしおであった。

ところが、ここに意外なところから、反対運動がもりあがってきた。 それは、今まで、さしたるライバルもなく、呑気のんきにあてがい扶持ぶちに満足していた公卿たちである。

「どうもあの男は、唯のネズミではない、今の内に始末しておかないと、とんだことになるぞ」鷹揚おうような公卿の中にも、敏感に頭の働く男がいたようである。

それが、事のはじまりで、天承元年の十一月二十三日、豊明とよあかり節会せちえの繁雑さにまぎれて、やっつけてしまおうという計画がいつかできあがってしまった。

一方忠盛の方も面白くない胸の内を、お世辞笑いにまぎらしている公卿の気持が手に取るように判るから、こいつは今に何か面倒なことがあるなと思っていた。 ともかく計画というものは、大方、どこからか情報がもれてくるものだが、恐らくは、忠盛ほどの男だから、密偵みっていの一人や二人は、しのびこませていたにちがいない。 事前に、計画は筒抜つつぬけになった。

もちろん、こういう挑戦を聞いては、もともと、武士の生れで、武器をとっては、おくれをとらない忠盛のことだから、内心は、むしろほくそんでいたのかも知れないが、「まあ本職の武士が、遊び人風情ふぜいの公卿なんかにやられたとあっては、名折れだし、第一、近頃、目をかけてくれている鳥羽院だって、がっかりしちまうだろう」――武骨者にしては、用意周到な知恵者でもあった忠盛は、何を思ったか、わざわざ刀を小脇にかかえて参内した。

戦場で鍛え上げた忠盛の目は、宮中のうす暗いところで、かすかに人の気配のするのを敏感に感じ取った。 彼はやおら、刀を抜き放つと、びゅん、びゅんと振りまわしたからたまらない。 大体が、臆病者揃いの公卿たちは、闇夜やみよにひらめく一閃いっせんのすさまじさに、かえって生きた心地もなく、呆然ぼうぜんと見ていただけだった。

主人が大胆な男だから、家来の方もまた粒よりだ。 左兵衛尉平家貞さひょうえのじょうたいらのいえさだという男は、狩衣かりぎぬの下にご丁寧にもよろいまでつけて、宮中の奥庭に、でんと御輿みこしを据えて動かない。 蔵人頭くらんどのとうの者が、目ざわりだから、どいてくれと言うと、こっちは、待ってましたとばかり、

「どうも今夜あたり、闇討があるって話ですね。 やっぱり主人の死に際は、見ておきたいからね」と洒々しゃあしゃあと答えたまま平気な顔をしていたという。

序章-章なし
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現代語訳 平家物語 - 情報

現代語訳 平家物語 01 第一巻

げんだいごやく へいけものがたり 01 だいいっかん

文字数 24,894文字

著者リスト:
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎

底本 現代語訳 平家物語(上)

親本 世界名作全集 39 平家物語

青空情報


底本:「現代語訳 平家物語(上)」岩波現代文庫、岩波書店
   2015(平成27)年4月16日第1刷発行
底本の親本:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社
   1960(昭和35)年2月12日初版発行
初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社
   1960(昭和35)年2月12日初版発行
※「神輿」と「御輿」の混在は、底本通りです。
※著者名は、本来は「尾士郎」です。
入力:砂場清隆
校正:みきた
2021年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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