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人魚の姫

著者:ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

にんぎょのひめ

文字数:30,100 底本発行年:1967
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序章-章なし

海のおきへ、遠く遠く出ていきますと、水の色は、いちばん美しいヤグルマソウの花びらのようにまっさおになり、きれいにすきとおったガラスのように、すみきっています。 けれども、そのあたりは、とてもとても深いので、どんなに長いいかりづなをおろしても、底まで届くようなことはありません。 海の底から、水のおもてまで届くためには、教会のとうを、いくつもいくつも、積みかさねなければならないでしょう。 そういう深いところに、人魚たちは住んでいるのです。

みなさんは、海の底にはただ白い砂地があるばかりで、ほかにはなんにもない、などと思ってはいけません。 そこには、たいへんめずらしい木や、草もえているのです。 そのくきや葉は、どれもこれもなよなよしています。 ですから、水がほんのちょっとでも動くと、まるで生き物のように、ゆらゆらと動くのです。

それから、この陸の上で、鳥が空をとびまわっているように、水の中では、小さなさかなや大きなさかなが、そのえだのあいだをすいすいとおよいでいます。

この海の底のいちばん深いところに、人魚の王さまのお城があるのです。 お城のかべは、サンゴでつくられていて、先のとがった高い窓は、よくすきとおったこはくでできています。 それから、たくさんの貝がらがあつまって、屋根になっていますが、その貝がらは、海の水が流れてくるたびに、口をあけたりとじたりしています。 その美しいことといったら、たとえようもありません。 なにしろ、貝がらの一つ一つに、ピカピカ光る真珠しんじゅがついているのですから。 その中の一つだけをとって、女王さまのかんむりにつけても、きっと、りっぱなかざりになるでしょう。

そのお城に住んでいる人魚の王さまは、もう何年も前におきさきさまがなくなってからは、ずっと、ひとりでくらしていました。 ですから、お城の中のご用事は、お年をとったおかあさまが、なんでもしているのでした。 おかあさまは、かしこい方でしたが、身分のよいことを、たいへんじまんにしていました。 ですから、自分のしっぽには、十二もカキをつけているのに、ほかの人たちには、どんなに身分が高くても、六つしかつけることをゆるさなかったのです。 でも、このことだけを別にすれば、どんなにほめてあげてもよい方でした。 わけても孫むすめの、小さな人魚のお姫さまたちを、それはそれはかわいがっていました。

お姫さまは、みんなで六人いました。 そろいもそろって、きれいな方ばかりでしたが、なかでもいちばん下のお姫さまがいちばんきれいでした。 はだは、バラの花びらのように、きめがこまやかで美しく、目は、深い深い海の色のように、青くすんでいました。 でも、やっぱり、ほかのおねえさまたちと同じように、足がありません。 どうのおしまいのところが、しぜんと、さかなのしっぽになっているのでした。

一日じゅう、お姫さまたちは、海の底の、お城の中の大広間であそびました。 広間のかべには、生きている花がいていました。 大きなこはくの窓をあけると、さかなたちがおよいではいってきました。 ちょうど、わたしたちが窓をあけると、ツバメがとびこんでくるのと同じように。 さかなたちは、小さなお姫さまたちのそばまでおよいできて、手から食べ物をもらったり、なでてもらったりしました。

お城の外には、大きなお庭がありました。 お庭には、火のように赤い木や、まっさおな木が生えていました。 そういう木々は、くきや葉を、しょっちゅうゆり動かすので、木の実は、金のようにかがやき、花は、燃えるほのおのようにきらめきました。 底の地面は、とてもこまかい砂地になっていましたが、いおうのほのおのように、青く光っていました。

こうして、あたりいちめんに、ふしぎな青い光がキラキラとかがやいていましたので、海の底にいるような気がしません。 頭の上を見ても、下を見ても、どこもかしこも青い空ばかりで、かえって、空高くにうかんでいるような気がしました。 風がやんでいるときには、お日さまを見ることもできました。 お日さまは、むらさき色の花のようで、そのうてなから、あたりいちめんに光が流れ出てくるように思われました。

序章-章なし
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人魚の姫 - 情報

人魚の姫

にんぎょのひめ

文字数 30,100文字

底本 人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ

青空情報


底本:「人魚の姫 アンデルセン童話集」新潮文庫、新潮社
   1967(昭和42)年12月10日発行
   1989(平成元)年11月15日34刷改版
   2011(平成23)年9月5日48刷
※表題は底本では、「人魚の姫(ひめ)」となっています。
入力:チエコ
校正:木下聡
2019年3月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:人魚の姫

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