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一寸法師

著者:江戸川乱歩

いっすんぼうし - えどがわ らんぽ

文字数:95,861 底本発行年:1927
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
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作者の言葉

私は探偵小説を書くのですが、探偵小説といっても、現在では色々の傾向に分れていて、昔の探偵小説という感じからは非常に遠いものもあるのです。 私が書きますものは、それは完結して見なければ分らないのですが、恐らく本格探偵小説といわれているものには当らず、そうかといって、もっとも新しい傾向である、いわばモダン型でもなく、やっぱり私好みの古臭い怪奇の世界をでないであろうと思います。 つまり私自身の探偵小説を書くほかはないのであります。

そこで、もし始めてこの種の小説をお読みになる読者があったなら、私のものだけによって、今の探偵小説とはこんなものかなんておっしゃらないで、もっと外の傾向のものをも合せ読まれんことを希望致すのであります。

大正十五年十二月七日「東京朝日新聞」

[#改ページ]

死人の腕

小林紋三こばやしもんぞうはフラフラに酔っ払って安来節やすきぶし御園みその館を出た。 不思議な合唱が――舞台の娘たちの死物狂いのたか調子と、それに呼応する見物席のみごとな怒号が――ワンワンと頭をしびらせ、小屋を出てしまっても、ちょうど船暈ふなよいの感じで足許あしもとをフラフラさせた。 その辺にのきを並べている夜店の屋台が、ドーッと彼の方へ押寄せて来るような気がした。 彼は明るい大通おおどおりをなるべく往来の人たちの顔を見ないように、あごを胸につけてトットと公園の方へ歩いた。 もしその辺に友達が散歩していて、彼が安来節の定席じょうせきからコソコソと出て来るところを見られでもしたら、と思うと気が気でなかった。 ひとりでに歩調が早くなった。

半町も歩くと薄暗い公園の入口だった。 そこの広い四辻よつつじを境にして人足ひとあしはマバラになっていた。 紋三は池の鉄柵のところに出ているおでん屋の赤い行燈あんどんで、腕時計を透して見た。 もう十時だった。

「さて帰るかな、だが帰ったところで仕方がないな」

彼は部屋を借りている家のヒッソリした空気を思い出すと、何だか帰る気がしなかった。 それに春の夜の浅草あさくさ公園が異様に彼をひきつけた。 彼は歩くともなく、帰りみちとは反対に公園の中へと入って行った。

この公園は、歩いても歩いても見尽すことのできない不思議な魅力をもっていた。 フト何処どこかの隅っこで飛んでもない事柄にくわすような気がした。 何かしら素晴しいものが発見できそうにも思われた。

彼は公園を横断する真暗な大通を歩いて行った。 右の方はいくつかの広っを包んだ林、左側は小さな池に沿っていた。 池では時々ボチャンボチャンとこいの跳ねる音がした。 藤棚を天井にしたコンクリートの小橋が薄白く見えていた。

「大将、大将」

気がつくと右の方の闇の中から誰かが彼を呼びかけていた。 妙に押し殺したような声だった。

「ナニ」

紋三はホールド・アップにでも出っ会したほど大袈裟おおげさに驚いて思わず身構えをした。

「大将、ちょっとちょっと、他人ひとにいっちゃあいけませんよ、ないですよ、これです、素敵に面白いのです、五十銭奮発して下さい」

しまの着物に鳥打帽とりうちぼうの三十恰好かっこうの男がニヤニヤしながら寄り添って来た。

「ソレ、何です」

「エヘヘヘ……御存知のくせに。 決してゴマカしものじゃあありませんよ、そらね」

男はキョロキョロと四辺あたりを見廻してから、一枚の紙片を遠くの常夜燈じょうやとうすかして見せた。

作者の言葉

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一寸法師 - 情報

一寸法師

いっすんぼうし

文字数 95,861文字

著者リスト:

底本 江戸川乱歩全集 第2巻 パノラマ島綺譚

親本 創作探偵小説集第七巻

青空情報


底本:「江戸川乱歩全集 第2巻 パノラマ島綺譚」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年8月20日初版1刷発行
底本の親本:「創作探偵小説集第七巻」春陽堂
   1927(昭和2)年3月20日発行
初出:「東京朝日新聞」朝日新聞社
   1926(大正15)年12月8日〜1927(昭和2)年2月20日
   「大阪朝日新聞」朝日新聞社
   1926(大正15)年12月8日〜1927(昭和2)年2月21日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「キューピー人形」と「キューピイ人形」の混在は、底本通りです。
※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。
※底本巻末の編者による註釈は省略しましたが、「安来節(やすきぶし)」「御園(みその)館」「吾妻橋(あづまばし)」「中(なか)の郷(ごう)」「千住町(せんじゅまち)中組(なかぐみ)」「精養軒(せいようけん)」「上海(シャンハイ)」「伯龍(はくりゅう)」「小梅町(こうめちょう)」「厩橋(うまやばし)」「片町(かたまち)」「三囲(みめぐり)」「仁王門(におうもん)」「瓢箪池(ひょうたんいけ)」「合羽橋(かっぱばし)」「原庭署(はらにわしょ)」「曳舟(ひきふね)」「花屋敷(はなやしき)」「浅草(あさくさ)」「生(いき)人形」のルビは註釈より入力者が追加しました。
入力:nami
校正:まつもこ
2017年9月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:一寸法師

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