樅ノ木は残った 01 第一部
著者:山本周五郎
もみノきはのこった - やまもと しゅうごろう
文字数:147,019 底本発行年:1982
序の章
万治三年七月十八日。
幕府の老中から通知があって、
酒井邸には雅楽頭のほかに、同じく老中の阿部
「伊達むつの守、かねがね不作法の儀、上聞に達し、不届におぼしめさる、よってまず
こういう意味の
「但し堀ざらいの普請はつづけるように」
ということが付け加えられた。
堀ざらいとは、その年の三月から幕府の命令で、伊達家が担当していた、小石川堀の修築工事をさすものである。
申し渡しのあと、太田
綱宗はすぐに品川の下屋敷へ移った。
明くる七月十九日の夜。
伊達家の浜屋敷の内にある坂本八郎左衛門の住居へ、二人の訪問者があった。
坂本は浪人から取立てられた者で、
坂本は二人に会った。
二人は密談があるようによそおい隙をみて坂本に襲いかかった。 坂本は抜きあわせるひまもなく、その場で即死した。 二人は坂本の家人に、「上意討である」と云って、たち去った。
同じ夜、同じ時刻。
やはり浜屋敷の内にある、渡辺九郎左衛門の住居に、二人の訪問者があった。
渡辺も浪人から取立てられた者で、
渡辺は会うのを拒んだ。
訪問したのは渡辺金兵衛と渡辺七兵衛といい、二人とも
「いや、急用があるのです」二人は取次の者に云った。
「こんど御門札を新らしくするので、印鑑をいただきたいのです、明朝から新らしい御門札になるので、ぜひとも今夜のうちに印鑑をいただかなければならないのです」
まえの日に、藩主が幕府から逼塞を命ぜられて、品川の下屋敷へ移った。 しぜん門札の更新ということもあり得るので、渡辺は二人に会うことにした。
「――御苦労」と云って渡辺は坐った。
「夜分にあがりまして」と渡辺金兵衛が云った。 そして七兵衛と共に両手をついて、低く辞儀をした。
渡辺は袋を膝の上に置いた。 低く辞儀をした二人の右手は、それぞれの刀をつかんだ。
渡辺は袋の口の
序の章
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樅ノ木は残った - 情報
青空情報
底本:「山本周五郎全集第九巻 樅ノ木は残った(上)」新潮社
1982(昭和57)年11月25日発行
初出:「日本経済新聞」
1954(昭和29)年7月20日〜1955(昭和30)年4月21日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:富田晶子
2018年1月27日作成
2018年9月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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青空文庫:樅ノ木は残った