泥棒と若殿
著者:山本周五郎
どろぼうとわかとの - やまもと しゅうごろう
文字数:20,443 底本発行年:1983
一
その物音は初め広縁のあたりから聞えた。
縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、
――もうたくさんだ、どうにでも好きなようにするがいい、飽き飽きした。
こう思いながら、仰向きに寝たまま腹の上で手を組み合せた。
右がわの壁に切ってある高窓の戸の隙間から、月の光が青白い細布を
物音は広縁からとのいの間へはいった。
ひどく用心ぶかい足つきである。
床板の落ちているところが多いから、そこでもときおりぎしっぎしっと
――切炉へ踏みこんだな。
成信はこう思ってついにやにやした。
うろたえた相手の顔が見えるようである。
へまな人間をよこしたものだと、苦笑いをもらしたとき、そっちでぶつぶつ
「おう痛え、擦り
擦り剥いたところを縛るのだろう。
手拭かなにか裂く音がした。
こんどは人がいないものと信じたか、独りでしきりにぐちや不平をこぼしながら、暫らくそこらをごそごそやっていた。
それからやがて
ずんぐりと小柄の男だった。
短かい
――とするとこれは、ことによると盗人というやつかもしれぬ。
そう思うと
「だ、誰だ、――なんだ」
男はこう叫びながら、及び腰になってこちらを
「やい起きろ、金を出せ、起きて来い野郎」
「――――」
「金を出せってんだ、おとなしく有り金を出しあよし四の五のぬかすと唯あおかねえ、どてっ腹へこいつをおんめえ申すぞ」
成信はやっぱり黙っていた。 男はじっとようすをうかがい、ひと足そろっと前へ出た。
「ふてえ野郎だ、狸ねえりなんぞしやあがって、それとも何か計略でも考げえてやがるのか、へっ、こっちあな、表に三十人から待ってるんだぞ、ぴいとひとつ
「――面白いな、ひとつそれを吹いてみろ」
「なにょう、な、なんだと野郎」
「――その呼笛を吹いてみろと云うんだ」
一
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泥棒と若殿 - 情報
青空情報
底本:「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」新潮社
1983(昭和58)年4月25日発行
初出:「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社
1949(昭和24)年12月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:北川松生
2020年3月28日作成
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