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目羅博士の不思議な犯罪

著者:江戸川乱歩

めらはかせのふしぎなはんざい - えどがわ らんぽ

文字数:15,354 底本発行年:1931
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
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私は探偵小説のすじを考えるために、方々ほうぼうをぶらつくことがあるが、東京を離れない場合は、大抵たいてい行先がきまっている。 浅草あさくさ公園、花やしき、上野うえのの博物館、同じく動物園、隅田川すみだがわの乗合蒸汽、両国りょうごくの国技館。 (あの丸屋根が往年のパノラマ館を聯想れんそうさせ、私をひきつける)今もその国技館の「お化け大会」という奴を見て帰った所だ。 久しぶりで「八幡の藪不知」をくぐって、子供の時分の懐しい思出にふけることが出来た。

ところで、お話は、やっぱりその、原稿の催促さいそくがきびしくて、家にいたたまらず、一週間ばかり東京市内をぶらついていた時、ある日、上野の動物園で、ふと妙な人物に出合ったことから始まるのだ。

もう夕方で、閉館時間が迫って来て、見物達は大抵帰ってしまい、館内はひっそりかんと静まり返っていた。

芝居や寄席なぞでもそうだが、最後の幕はろくろく見もしないで、下足場げそくばの混雑ばかり気にしている江戸っ子気質はどうも私の気風に合わぬ。

動物園でもその通りだ。 東京の人は、なぜか帰りいそぎをする。 まだ門が閉ったわけでもないのに、場内はガランとして、人気ひとけもない有様だ。

私は猿のおりの前に、ぼんやりたたずんで、つい今しがたまで雑沓ざっとうしていた、園内の異様な静けさを楽しんでいた。

猿共も、からかって呉れる対手あいてがなくなった為か、ひっそりと、淋しそうにしている。

あたりが余りに静かだったので、しばらくして、ふと、うしろに人の気配を感じた時には、何かしらゾッとした程だ。

それは髪を長く延ばした、青白い顔の青年で、折目のつかぬ服を着た、所謂いわゆる「ルンペン」という感じの人物であったが、顔付の割には快活に、檻の中の猿にからかったりし始めた。

よく動物園に来るものと見えて、猿をからかうのが手にったものだ。 餌を一つやるにも、思う存分芸当をやらせて、散々さんざん楽しんでから、やっと投げ与えるという風で、非常に面白いものだから、私はニヤニヤ笑いながら、いつまでもそれを見物していた。

「猿ってやつは、どうして、相手の真似をしたがるのでしょうね」

男が、ふと私に話しかけた。 彼はその時、蜜柑みかんの皮を上に投げては受取り、投げては受取りしていた。 檻の中の一匹の猿も、彼と全く同じやり方で、蜜柑の皮を投げたり受取ったりしていた。

私が笑って見せると、男は又った。

「真似って云うことは、考えて見るとこわいですね。 神様が、猿にああいう本能をお与えなすったことがですよ」

私は、この男、哲学者ルンペンだなと思った。

「猿が真似するのはおかしいけど、人間が真似するのはおかしくありませんね。 神様は人間にも、猿と同じ本能を、いくらかお与えなすった。 それは考えて見ると怖いですよ。 あなた、山の中で大猿に出会った旅人の話をご存じですか」

男は話ずきと見えて、段々口数が多くなる。 私は、人見知りをするたちで、他人から話しかけられるのは余り好きでないが、この男には、妙な興味を感じた。 青白い顔とモジャモジャした髪の毛が、私をひきつけたのかも知れない。 あるいは、彼の哲学者風な話方はなしかたが気に入ったのかも知れない。

「知りません。 大猿がどうかしたのですか」

私は進んで相手の話を聞こうとした。

「人里離れた深山しんざんでね、一人旅の男が、大猿に出会ったのです。 そして、わきざしを猿に取られてしまったのですよ。 猿はそれを抜いて、面白半分に振りまわしてかかって来る。 旅人は町人なので、一本とられてしまったら、もう刀はないものだから、命さえあやうくなったのです」

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目羅博士の不思議な犯罪 - 情報

目羅博士の不思議な犯罪

めらはかせのふしぎなはんざい

文字数 15,354文字

著者リスト:

底本 江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪

親本 江戸川乱歩全集 第五巻

青空情報


底本:「江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年6月20日初版1刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第五巻」平凡社
   1931(昭和6)年7月
初出:「文藝倶楽部 探偵小説と滑稽小説号」博文館
   1931(昭和6)年4月増刊
※底本巻末の平山雄一氏による註釈は省略しました。
入力:金城学院大学 電子書籍制作
校正:まつもこ
2019年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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