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竜潭譚

著者:泉鏡花

りゅうたんだん - いずみ きょうか

文字数:14,760 底本発行年:1941
著者リスト:
著者泉 鏡花
底本: 泉鏡花集成3
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序章-章なし

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躑躅か丘  鎮守の社  かくれあそび  おう魔が時  大沼  五位鷺  九ツ谺  渡船  ふるさと  千呪陀羅尼

[#改ページ]

躑躅か丘

日はなり。 あららのたらたらざかに樹の蔭もなし。 寺の門、植木屋の庭、花屋の店など、坂下をさしはさみて町の入口にはあたれど、のぼるに従いて、ただはたばかりとなれり。 番小屋めきたるもの小だかき処に見ゆ。 谷には菜の花残りたり。 路の右左、躑躅つつじの花のくれないなるが、見渡すかた、見返る方、いまをさかりなりき。 ありくにつれて汗少しいでぬ。

空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面のづらを吹けり。

一人にてはくことなかれと、優しき姉上のいいたりしを、かで、しのびて来つ。 おもしろきながめかな。 山の上のかたより一束のたきぎをかつぎたるおのこおりきたれり。 眉太く、眼の細きが、むこうざまに顱巻はちまきしたる、額のあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかえり、

「危ないぞ危ないぞ。」

といいずてにまなじりしわを寄せてさっさっと行過ゆきすぎぬ。

見返ればハヤたらたらさがりに、その肩躑躅の花にかくれて、髪結いたる天窓あたまのみ、やがて山蔭に見えずなりぬ。 草がくれのこみち遠く、小川流るる谷間たにあい畦道あぜみちを、菅笠すげがさかむりたる婦人おんなの、跣足はだしにてすきをば肩にし、小さきむすめの手をひきて彼方あなたにゆく背姿うしろすがたありしが、それも杉の樹立こだちりたり。

かたも躑躅なり。 し方も躑躅なり。 山土のいろもあかく見えたる、あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思う時、わが居たる一株の躑躅のなかより、羽音たかく、虫のつと立ちて頬をかすめしが、かなたに飛びて、およそ五六尺隔てたる処につぶてのありたるそのわきにとどまりぬ。 羽をふるうさまも見えたり。 手をあげて走りかかれば、ぱっとまた立ちあがりて、おなじ距離五六尺ばかりのところにとまりたり。 そのまま小石を拾いあげてねらいうちし、石はそれぬ。 虫はくるりと一ツまわりて、またもとのようにぞる。 追いかくればはやくもまたげぬ。 遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあわいを置きてはキラキラとささやかなる羽ばたきして、鷹揚おうようにその二すじの細きひげ上下うえしたにわづくりておし動かすぞいと憎さげなりける。

われは足踏あしぶみして心いらてり。 その居たるあとを踏みにじりて、

「畜生、畜生。」

つぶやきざま、躍りかかりてハタと打ちし、こぶしはいたずらに土によごれぬ。

かれは一足先なるかたに悠々とづくろいす。 憎しと思う心をめてみまもりたれば、虫は動かずなりたり。 つくづく見れば羽蟻はありの形して、それよりもややおおいなる、身はただ五彩の色を帯びて青みがちにかがやきたる、うつくしさいわむ方なし。

色彩あり光沢ある虫は毒なりと、姉上の教えたるをふと思い出でたれば、打置きてすごすごと引返ひっかえせしが、足許あしもとにさきの石の二ツに砕けて落ちたるよりにわかに心動き、拾いあげて取って返し、きと毒虫をねらいたり。

このたびはあやまたず、したたかうって殺しぬ。 嬉しく走りつきて石をあわせ、ひたとうちひしぎて蹴飛けとばしたる、石は躑躅のなかをくぐりて小砂利をさそい、ばらばらと谷深くおちゆく音しき。

序章-章なし
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竜潭譚 - 情報

竜潭譚

りゅうたんだん

文字数 14,760文字

著者リスト:
著者泉 鏡花

底本 泉鏡花集成3

親本 鏡花全集 第三卷

青空情報


底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第三卷」岩波書店
   1941(昭和16)年12月
初出:「文芸倶楽部」
   1896(明治29)年11月
入力:日根敏晶
校正:門田裕志
2016年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:竜潭譚

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