鏡地獄
著者:江戸川乱歩
かがみじごく - えどがわ らんぽ
文字数:14,018 底本発行年:1960
「珍らしい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」
ある時、五、六人の者が、怖い話や、珍奇な話を、次々と語り合っていた時、友だちのKは最後にこんなふうにはじめた。
ほんとうにあったことか、Kの作り話なのか、その後、尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど、いろいろ不思議な物語を聞かされたあとだったのと、ちょうどその日の天候が春の終りに近い
私に一人の不幸な友だちがあるのです。
名前は仮りに彼と申して置きましょうか。
その彼にはいつの頃からか世にも不思議な病気が取りついたのです。
ひょっとしたら、先祖に何かそんな病気の人があって、それが遺伝したのかもしれませんね。
というのは、まんざら根のない話でもないので、いったい彼のうちには、おじいさんか、
考えてみますと、彼はそんな時分から、物の姿の映る物、たとえばガラスとか、レンズとか、鏡とかいうものに、不思議な
それから、やっぱり彼の少年時代なのですが、こんなことがあったのも覚えております。
ある日彼の勉強部屋をおとずれますと、机の上に古い
「どうだ、
彼にそう言われて、壁を見ますと、驚いたことには、白い丸形の中に、多少形がくずれてはいましたけれど「寿」という文字が、白金のような強い光で現われているのです。
「不思議だね、一体どうしたんだろう」
なんだか
「わかるまい。 種明かしをしようか。 種明かしをしてしまえば、なんでもないことなんだよ。 ホラ、ここを見たまえ、この鏡の裏を、ね、寿という字が浮彫りになっているだろう。 これが表へすき通るのだよ」
なるほど見れば彼の言う通り、青銅のような色をした鏡の裏には、立派な浮彫りがあるのです。 でも、それが、どうして表面まですき通って、あのような影を作るのでしょう。 鏡の表は、どの方角からすかして見ても、滑らかな平面で、顔がでこぼこに写るわけでもないのに、それの反射だけが不思議な影を作るのです。 まるで魔法みたいな気がするのです。
「これはね、魔法でもなんでもないのだよ」
彼は私のいぶかしげな顔を見て、説明をはじめるのでした。
「おとうさんに聞いたんだがね、金属の鏡というやつは、ガラスと違って、ときどきみがきをかけないと、曇りがきて見えなくなるんだ。
この鏡なんか、ずいぶん古くから
その説明を聞きますと、一応は理由がわかったものの、今度は、顔を映してもでこぼこに見えない滑らかな表面が、反射させると明きらかに
この鏡のことは、あまり不思議だったので、特別によく覚えているのですが、これはただの一例にすぎないので、彼の少年時代の遊戯というものは、ほとんどそのような