• URLをコピーしました!

怪人二十面相

著者:江戸川乱歩

かいじんにじゅうめんそう - えどがわ らんぽ

文字数:108,440 底本発行年:1987
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
0
0
0


はしがき

そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。

「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな盗賊とうぞくのあだ名です。 その賊は二十のまったくちがった顔を持っているといわれていました。 つまり、変装へんそうがとびきりじょうずなのです。

どんなに明るい場所で、どんなに近よってながめても、少しも変装とはわからない、まるでちがった人に見えるのだそうです。 老人にも若者にも、富豪ふごうにも乞食こじきにも、学者にも無頼漢ぶらいかんにも、いや、女にさえも、まったくその人になりきってしまうことができるといいます。

では、その賊のほんとうの年はいくつで、どんな顔をしているのかというと、それは、だれひとり見たことがありません。 二十種もの顔を持っているけれど、そのうちの、どれがほんとうの顔なのだか、だれも知らない。 いや、賊自身でも、ほんとうの顔をわすれてしまっているのかもしれません。 それほど、たえずちがった顔、ちがった姿で、人の前にあらわれるのです。

そういう変装の天才みたいな賊だものですから、警察でもこまってしまいました。 いったい、どの顔を目あてに捜索したらいいのか、まるで見当がつかないからです。

ただ、せめてものしあわせは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくてめずらしくて、ひじょうに高価な品物をぬすむばかりで、現金にはあまり興味を持たないようですし、それに、人を傷つけたり殺したりする、ざんこくなふるまいは、一度もしたことがありません。 血がきらいなのです。

しかし、いくら血がきらいだからといって、悪いことをするやつのことですから、自分の身があぶないとなれば、それをのがれるためには、何をするかわかったものではありません。 東京中の人が「二十面相」のうわさばかりしているというのも、じつは、こわくてしかたがないからです。

ことに、日本にいくつという貴重な品物を持っている富豪などは、ふるえあがってこわがっていました。 今までのようすで見ますと、いくら警察へたのんでも、ふせぎようのない、おそろしい賊なのですから。

この「二十面相」には、一つのみょうなくせがありました。 何かこれという貴重な品物をねらいますと、かならず前もって、いついく日にはそれをちょうだいに参上するという、予告状を送ることです。 賊ながらも、不公平なたたかいはしたくないと心がけているのかもしれません。 それともまた、いくら用心しても、ちゃんと取ってみせるぞ、おれの腕まえは、こんなものだと、ほこりたいのかもしれません。 いずれにしても、大胆不敵だいたんふてき傍若無人ぼうじゃくぶじん怪盗かいとうといわねばなりません。

このお話は、そういう出没自在しゅつぼつじざい神変しんぺんふかしぎの怪賊と、日本一の名探偵めいたんてい明智小五郎あけちこごろうとの、力と力、知恵と知恵、火花をちらす、一うちの大闘争だいとうそうの物語です。

大探偵明智小五郎には、小林芳雄こばやしよしおという少年助手があります。 このかわいらしい小探偵の、リスのようにびんしょうな活動も、なかなかの見ものでありましょう。

さて、前おきはこのくらいにして、いよいよ物語にうつることにします。

鉄のわな

麻布あざぶの、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。

四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリートべいが、ズーッと、目もはるかにつづいています。 いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが、ドッカリとわっていて、そのしげった葉の向こうに、りっぱな玄関が見えています。

いくともしれぬ、広い日本建てと、黄色い化粧れんがをはりつめた、二階建ての大きな洋館とが、かぎの手にならんでいて、その裏には、公園のように、広くて美しいお庭があるのです。

これは、実業界の大立者おおだてもの羽柴壮太郎はしばそうたろう氏の邸宅です。

羽柴家には、今、ひじょうな喜びと、ひじょうな恐怖とが、織りまざるようにして、おそいかかっていました。

喜びというのは、今から十年以前に家出をした、長男の壮一そういち君が、南洋ボルネオ島から、おとうさんにおわびをするために、日本へ帰ってくることでした。

壮一君は生来せいらいの冒険児で、中学校を卒業すると、学友とふたりで、南洋の新天地に渡航し、何か壮快な事業をおこしたいと願ったのですが、父の壮太郎氏は、がんとしてそれをゆるさなかったので、とうとう、むだんで家をとびだし、小さな帆船はんせんに便乗して、南洋にわたったのでした。

それから十年間、壮一君からはまったくなんのたよりもなく、ゆくえさえわからなかったのですが、つい三ヵ月ほどまえ、とつぜん、ボルネオ島のサンダカンから手紙をよこして、やっと一人まえの男になったから、おとうさまにおわびに帰りたい、といってきたのです。

壮一君は現在では、サンダカン付近に大きなゴム植林をいとなんでいて、手紙には、そのゴム林の写真と、壮一君の最近の写真とが、同封してありました。 もう三十歳です。

はしがき

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

怪人二十面相 - 情報

怪人二十面相

かいじんにじゅうめんそう

文字数 108,440文字

著者リスト:

底本 怪人二十面相/少年探偵団

青空情報


底本:「怪人二十面相/少年探偵団」江戸川乱歩推理文庫、講談社
   1987(昭和62)年9月25日第1刷発行
初出:「少年倶楽部」大日本雄辯會講談社
   1936(昭和11)年1月号〜12月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:sogo
校正:大久保ゆう
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:怪人二十面相

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!