• URLをコピーしました!

サーカスの怪人

著者:江戸川乱歩

サーカスのかいじん - えどがわ らんぽ

文字数:74,779 底本発行年:1988
著者リスト:
著者江戸川 乱歩
0
0
0


骸骨がいこつ紳士

ある夕がた、少年探偵団の名コンビ井上一郎いのうえいちろう君とノロちゃんとが、世田谷せたがや区のさびしいやしきまちを歩いていました。 きょうは井上君のほうが、ノロちゃんのおうちへ遊びにいったので、ノロちゃんが井上君を送っていくところです。

ノロちゃんというのは、野呂一平のろいっぺい君のあだなです。 ノロちゃんは団員のうちでいちばん、おくびょうものですが、ちゃめで、あいきょうもので、みんなにすかれています。

井上一郎君は、団員のうちで、いちばんからだが大きく、力も強いのです。 そのうえ、おとうさんが、もと拳闘けんとう選手だったので、ときどき拳闘をおしえてもらうことがあり、学校でも、井上君にかなうものは、ひとりもありません。 その大きくて強い井上君と、小さくて弱いノロちゃんが、こんなに仲がよいのはふしぎなほどでした。

ふたりは、両側に長いコンクリートべいのつづいた、さびしい町を歩いていますと、ずっとむこうの町かどから、ひとりの紳士があらわれ、こちらへ歩いてきました。 ねずみ色のオーバーに、ねずみ色のソフトをかぶり、ステッキをついて、とことこと歩いてくるのです。

二少年は、その人のすがたを、遠くから、ひと目みたときに、なぜかゾーッと身がちぢむような気がしました。 むこうのほうから、つめたい風が吹いてくるような感じで、からだが寒くなってきたのです。

しかし、夕ぐれのことですから、その人の顔は、まだ、はっきり見えません。 ふたりは、そのまま歩いていきました。 紳士と二少年のあいだは、だんだん近づいてきます。 そして、十メートルほど近よったとき、やっと、紳士の恐ろしい顔が見えたのです。

ノロちゃんが、「アッ!」と、小さい叫び声をたてました。 井上君は、それをとめようとして、グッと、ノロちゃんの腕をつかみました。

ああ、恐ろしい夢でも見ているのではないでしょうか。 その紳士の顔は、生きた人間ではなかったのです。 まっ黒な目。 はじめは黒めがねをかけているのかと思いましたが、そうではなかったのです。 目はまっ黒な二つの穴だったのです。 鼻も三角の穴です。 そして、くちびるはなくて、長い上下の歯が、ニュッとむき出しになっているのです。 それは骸骨がいこつの顔でした。 骸骨が洋服をきて、ソフトをかぶり、ステッキをついて、歩いてきたのです。

二少年は、夕ぐれどきのお化けに出あったのでしょうか。 あれを見てはいけないと思いました。 あの顔を見ていると、恐ろしいことがおこるような気がしました。 ふたりは、コンクリートべいのほうをむいて、立ちどまり、骸骨の顔を見ないようにしました。 そして、はやく、いきすぎてくれればよいと、いのっていました。

ふたりのうしろを、いま、骸骨紳士が歩いていくのです。 こと、こと、と靴の音がしています。 その音が、ちょうど、ふたりのまうしろにきたとき、ぱったり聞こえなくなってしまいました。

骸骨紳士が立ちどまったのです。 あのまっ黒な目で、ふたりのうしろすがたを、じろじろ見ているのではないでしょうか。

二少年は、そう思うと、恐ろしさに息もとまるほどでした。 井上君には、ノロちゃんの、がくがくふるえているのが、よくわかります。

いまにも、うしろからつかみかかってくるのではないか、あの長い歯で、食いつかれるのではないか、そして、まっ暗な地の底の地獄へ、つれていかれるのではないかと思うと、生きたここちもありません。

骸骨がいこつ紳士

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

サーカスの怪人 - 情報

サーカスの怪人

サーカスのかいじん

文字数 74,779文字

著者リスト:

底本 魔法人形/サーカスの怪人

青空情報


底本:「魔法人形/サーカスの怪人」江戸川乱歩推理文庫、講談社
   1988(昭和63)年5月6日第1刷発行
初出:「少年クラブ」大日本雄辯會講談社
   1957(昭和32)年1月号〜12月号
入力:sogo
校正:茅宮君子
2017年9月24日作成
2017年10月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:サーカスの怪人

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!