怪奇四十面相
著者:江戸川乱歩
かいきよんじゅうめんそう - えどがわ らんぽ
文字数:91,196 底本発行年:1988
二十面相の改名
「透明怪人」の事件で、名探偵、
二十面相といえば、これまでに、なんどとなく、
なにしろ、「透明怪人」という、とほうもない大事件の犯人が、みごとにつかまり、しかも、その犯人が怪人二十面相と、わかったのですから、世間は、もう、このうわさで、もちきりです。 新聞も、怪人がつかまったいきさつを、くわしく書きたてますし、人がふたりよれば、お天気のあいさつのかわりに、二十面相の話をするという、ありさまです。
名探偵、明智小五郎の名声は、この大とり物によって、いやがうえにも高くなり、「透明怪人」をとらえた、日本のシャーロック・ホームズとして、西洋の新聞にも、明智のてがらばなしが、大きくのせられたほどです。
この人気をあてこんで、二つの映画会社が、「透明怪人」事件の映画をつくることになりましたが、芝居のほうでも、
ところが、二十面相が拘置所に入れられてから、五日めのことです。 東京でも、いちばん読者の多い「日本新聞」に、つぎのような記事がデカデカとのせられ、世間をアッとおどろかせました。
「四十面相」と改名
いよいよ大事業にのりだす
拘置所内の二十面相から本紙によせた不敵の宣言
きのう午後二時、I拘置所内の二十面相から
『わたしは明智小五郎にまけた。
しかし、これで、かぶとをぬいでしまったわけではない。
ちかく
しかし、そのまえに、世間に知らせておきたいことがある。 それは、わたしの名まえについてだ。 世間では、わたしを二十面相と呼んでいるが、わたしは大不平だ。 わたしの顔は、たった二十ぐらいではない。 その倍でも、まだ、たりないほどだ。 もっとも少なく見ても、わたしは、四十以上の、まったくちがった顔を、もっているつもりだ。 そこで、わたしは、これから、四十面相と、なのることにした。 二十面相を卒業して四十面相になったのだ。 こんどは、わたしを四十面相と呼んでもらいたい――。 さて、改名のてはじめに、わたしは、いままでに、いちども手がけなかったような、大事業にとりかかるつもりだ。 それが、どんな事業だかは、また、あらためて通信する。』
この記事を読んだ世間の人々が、アッとぎょうてんしたことはいうまでもありません。 しかし、いちばんおどろいたのは、I拘置所長です。 未決囚から、かってに、新聞社へ手紙なぞだされては、拘置所というものは、ないもどうぜんです。 拘置所ばかりでなく、検察庁や警察の名誉にもかかわるわけです。
そこでI拘置所長は、部下をしかりつけて、もんだいの投書が、どうして、そとへもちだされたのか、そのすじみちを、手をつくしてしらべさせましたが、すこしもわかりません。 じつにふしぎです。