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金の輪

著者:小川未明

きんのわ - おがわ みめい

文字数:1,668 底本発行年:1951
著者リスト:
著者小川 未明
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太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。 けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。

だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。

まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。 そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。

太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。 みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。 もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。

ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。

すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。

かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。 そして、その輪は金色きんいろに光っていました。 太郎は目を見はりました。 かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。 しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。 太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。 いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。

この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。 ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

輪をまわして行く少年のすがたは、やがて白い道の方に消えてしまいました。 けれど、太郎はいつまでも立って、そのゆくえを見まもっていました。

太郎は、「だれだろう。」 と、その少年のことを考えました。 いつこの村へこしてきたのだろう? それとも遠い町の方から、遊びにきたのだろうかと思いました。

あくる日の午後、太郎はまた畑の中に出てみました。 すると、ちょうどきのうとおなじ時刻じこくに輪の鳴る音がきこえてきました。 太郎はかなたの往来を見ますと、少年が二つの輪をまわして、走ってきました。 その輪は金色にかがやいて見えました。 少年はその往来をすぎるときに、こちらをむいて、きのうよりもいっそうなつかしげに、ほおえんだのであります。 そして、なにかいいたげなようすをして、ちょっとくびをかしげましたが、ついそのまま行ってしまいました。

太郎は畑の中に立って、しょんぼりとして、少年のゆくえを見おくりました。 いつしかそのすがたは、白い道のかなたに消えてしまったのです。 けれど、いつまでもその少年の白い顔と、微笑とが太郎の目にのこっていて、とれませんでした。

「いったい、だれだろう。」 と、太郎はふしぎに思えてなりませんでした。 今まで一ども見たことがない少年だけれど、なんとなくいちばんしたしい友だちのような気がしてならなかったのです。

あしたばかりは、ものをいってお友だちになろうと、いろいろ空想をえがきました。 やがて、西の空が赤くなって、日暮れがたになりましたから、太郎は家の中にはいりました。

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金の輪 - 情報

金の輪

きんのわ

文字数 1,668文字

著者リスト:
著者小川 未明

底本 小川未明童話集

青空情報


底本:「小川未明童話集」新潮文庫、新潮社
   1951(昭和26)年11月10日発行
   1977(昭和52)年6月10日40刷
初出:「読売新聞」
   1919(大正8)年1月21日〜23日
入力:鈴
校正:小林繁雄
2011年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:金の輪

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