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愛の詩集 03 愛の詩集

著者:室生犀星

あいのししゅう - むろう さいせい

文字数:34,135 底本発行年:1918
著者リスト:
著者室生 犀星
親本: 愛の詩集
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序章-章なし

みまかりたまひし父上におくる

いまは天にいまさむ うつくしき微笑いま

われに映りて、我が眉みそらに昂る……。

私の室に一冊のよごれたバイブルがある。 椅子につかふ厚織更紗で表紙をつけて背に羊の皮をはつて NEW TESTAMENT. とかいて私はそれを永い間持つてゐる。 十余年間も有つてゐる。 それは私の室の美しい夥しい本の中でも一番古くよごれてゐる。 私は暗黒時代にはこのバイブル一冊しか机の上にもつてゐなかつた。 寒さや飢ゑや病気やと戦ひながら、私の詩が一つとして世に現はれないころに、私はこのバイブルをふところに苦しんだり歩いたりしてゐた。 いまその本をとつてみれば長い讃歎と吐息と自分に対する勝利の思ひ出とに、震ひ上つて激越した喜びをかんじるのであつた。 私はこれからのちもこのバイブルを永く持つて、物悲しく併し楽しげな日暮など声高く朗読したりすることであらう。 ある日には優しい友等とともに自分の過去を悲しげに語り明すことだらう。 どれだけ夥しく此聖書を接吻することだらう。

わがなやみの日

みかほを蔽ひたまふなかれ

われは糧をくらふごとく灰をくらひ

わが飲みものに涙をまじへたり

詩篇百二

[#改ページ]

をさなき思ひ出

おれはよく山へ登つた

山にはいろんな花がさいてゐた

気の遠くなるやうな深い谷があつた

そこでよくねころんだ

そのゆめのあとが

ふいと今のおれの胸に残つてゐて

緑緑あをあをともえてゐた

松並木は果もなかつた

僕はいつもとぼとぼと歩いて行つた

そのやうに海は遠かつた

僕はいつも泣きながら歩いた

歩いても歩いても遠かつた

僕は海の詩をかいて都へ送つた

あれからもう十年は経つて了つた

熱い日光を浴びてゐる一匹の蠅。 此蠅ですら宇宙のうたげ参与あづかる一人で、自分のゐるべきところをちやんと心得てゐる。

フイドオル・ドストイエフスキイ

序章-章なし
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愛の詩集 - 情報

愛の詩集 03 愛の詩集

あいのししゅう 03 あいのししゅう

文字数 34,135文字

著者リスト:
著者室生 犀星

底本 抒情小曲集・愛の詩集

親本 愛の詩集

青空情報


底本:「抒情小曲集・愛の詩集」講談社文芸文庫、講談社
   1995(平成7)年11月10日第1刷発行
底本の親本:「愛の詩集」感情詩社
   1918(大正7)年1月
※冒頭の序にあたる部分の構成は下記のようになっています。「( )」の部分は底本では明確な見出しとしては扱われていませんので、見出し注記をしていません。
(扉銘)(「みまかりたまひし……」)
(扉銘)(「いまは天にいまさむ……」)
(「私の室に一冊の……」)
(扉銘)(「詩篇百二」)
(序詩)をさなき思ひ出
(扉銘)(「フイドオル・ドストイエフスキイ」)
孝子実伝 萩原朔太郎
(「千九百十七年九月……」)
(扉銘)(「哥林多前書四ノ二十一」)
序詩
愛の詩集のはじめに 北原白秋
自序
愛の詩集例言
※末尾の跋にあたる部分の構成は下記のようになっています。「( )」の部分は底本では明確な見出しとしては扱われていませんので、見出し注記をしていません。
「幸福を求めて」の終りに
愛の詩集の終りに
(扉銘)(「朝日みなぎれ」)
(扉銘)(「ヨハネ伝第三章二十九」)
(「私はいく晩となく……」)
(扉銘)(「53. [#ローマ数字24、222-12] SELON. SAINT LUC.」)
(「ネルリの肖像について……」)
エレナと曰へる少女ネルリのこと
入力:田村和義
校正:岡村和彦
2014年5月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:愛の詩集

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