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はつ恋

著者:ツルゲーネフ

はつこい

文字数:74,177 底本発行年:1952
著者リスト:
底本: はつ恋
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序章-章なし

[#ページの左右中央]

P・V・アンネンコフにささげる

[#改丁]

客はもうとうに散ってしまった。 時計が零時半れいじはんを打った。 部屋の中に残ったのは、主人と、セルゲイ・ニコラーエヴィチと、ヴラジーミル・ペトローヴィチだけである。

主人は呼鈴よびりんを鳴らして、夜食の残りを下げるように命じた。

「じゃ、そう決りましたね」と主人は、一層ふかぶかと肘掛椅子ひじかけいすに身を沈めて、葉巻はまきに火をつけながら言った。 ――「めいめい、自分の初恋はつこいの話をするのですよ。 では、まずあなたから、セルゲイ・ニコラーエヴィチ」

セルゲイ・ニコラーエヴィチというのは、まるまるとふとった男で、ぽってりした金髪きんぱつ・色白の顔をしていたが、まず主人の顔をちらとながめると、天井てんじょうの方へ上げた。

ぼくには初恋というものがありませんでしたよ」と、かれはやがての果てに言った。 ――「いきなり第二の恋から始めたんです」

「それはまた、どうしてね?」

「しごく簡単ですよ。 僕は十八の年に初めて、あるとても可愛かわいらしいおじょうさんのあとを追い回しました。 ところが、その追いまわし方というのが、こんなこと僕にはさっぱり新しくもめずらしくもない、といった風だったのですよ。 ちょうど、あとになっていろんな女を口説くどいた時と、まるっきり同じだったわけです。 実を言うと、僕が最初にして最後の恋をしたのは、六つの頃で、相手は自分の乳母ばあやでしたが、――なにぶんこれは大昔おおむかしのことです。 二人の間にあったことのこまかしい点は、僕の記憶きおくから消えうせていますし、またよしんば覚えているにしたところで、そんなことを、だれ面白おもしろがるでしょう?」

「すると、どうしたもんですかな?」と、主人が言い出した。 ――「わたしの初恋にしたところで、大して面白いことはないのですからね。 わたしは、現在の妻、アンナ・イヴァーノヴナと知合いになるまで、誰ひとり恋した覚えはないんですし――しかも我々のことは、万事すらすらと運んだのです。 それぞれ父親から縁談えんだんをもち出されると、我々は見る見るおたがいどうし好きになって、一足とびに結婚けっこんしてしまったというわけ。 わたしの話は、ほんの二言ふたことで済んでしまいますよ。 いやみなさん、白状しますとね、わたしが初恋の問題をもち出したのは――むしろあなたがたに期待していたのですよ、お二人とも、老人とは言えないけれど、さりとてお若いとも言えない独身者ですからな。 どうです、あなたは何か面白い話をして下さるでしょうな、ヴラジーミル・ペトローヴィチ?」

「わたしの初恋は、全くのところ、あまり世間なみの部類には入らないものなんですが」と、やや言いよどみながらヴラジーミル・ペトローヴィチは答えた。 これは四十がらみの、黒髪くろかみに白を交えた男である。

「やあ!」と、主人もセルゲイ・ニコラーエヴィチも異口同音いくどうおんに。 ――「なおさら結構……話して下さい」

「お安い御用ごようです……が、困りましたな。 話すのはやめにしましょう。 わたしは話が不得手ふえてなほうですから、無味乾燥むみかんそうなあっけない話になるか、それともだらしない調子はずれな話になるか、そのどっちかです。 もしよろしかったら、思いうかぶだけのことをすっかり手帳に書いて、読んでお聞かせしようじゃありませんか」

友人たちは初め承知しなかったが、結局ヴラジーミル・ペトローヴィチは自説をとおした。 二週間ののち、彼らが再び寄り合った時、ウラジーミル・ペトローヴィチは、その約束やくそくを果した。

彼の手帳には、次のようなことが書いてあった。 ――

序章-章なし
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はつ恋 - 情報

はつ恋

はつこい

文字数 74,177文字

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底本 はつ恋

青空情報


底本:「はつ恋」新潮文庫、新潮社
   1952(昭和27)年12月25日発行
   1987(昭和62)年1月30日73刷改版
   1997(平成9)年5月25日92刷
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、学術記号の「≪」(非常に小さい、2-67)と「≫」(非常に大きい、2-68)に代えて入力しました。
入力:松永佳代
校正:阿部哲也
2011年9月28日作成
2013年1月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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