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遠野物語

著者:柳田国男

とおのものがたり - やなぎた くにお

文字数:38,261 底本発行年:1960
著者リスト:
著者柳田 国男
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序章-章なし

[#ページの左右中央]

この書を外国に在る人々に呈す

[#改ページ]

この話はすべて遠野とおのの人佐々木鏡石君より聞きたり。 さく明治四十二年の二月ごろより始めて夜分おりおりたずたりこの話をせられしを筆記せしなり。 鏡石君は話上手はなしじょうずにはあらざれども誠実なる人なり。 自分もまた一字一句をも加減かげんせず感じたるままを書きたり。 思うに遠野ごうにはこの類の物語なお数百件あるならん。 我々はより多くを聞かんことを切望す。 国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。 願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。 この書のごときは陳勝呉広ちんしょうごこうのみ。

昨年八月の末自分は遠野郷に遊びたり。 花巻はなまきより十余里の路上には町場まちば三ヶ所あり。 その他はただ青き山と原野なり。 人煙の稀少きしょうなること北海道石狩いしかりの平野よりもはなはだし。 或いは新道なるが故に民居の来たりける者少なきか。 遠野の城下はすなわち煙花の街なり。 馬を駅亭の主人に借りてひとり郊外の村々をめぐりたり。 その馬はくろき海草をもって作りたる厚総あつぶさけたり。 あぶ多きためなり。 さるいしの渓谷は土えてよくひらけたり。 路傍に石塔の多きこと諸国その比を知らず。 高処より展望すれば早稲わせまさに熟し晩稲ばんとう花盛はなざかりにて水はことごとく落ちて川にあり。 稲の色合いろあいは種類によりてさまざまなり。 三つ四つ五つの田を続けて稲の色の同じきはすなわち一家に属する田にしていわゆる名処みょうしょの同じきなるべし。 小字こあざよりさらに小さき区域の地名は持主にあらざればこれを知らず。 古き売買譲与の証文には常に見ゆる所なり。 附馬牛つくもうしの谷へ越ゆれば早池峯はやちねの山は淡くかすみ山の形は菅笠すげがさのごとくまた片仮名かたかなのへの字に似たり。 この谷は稲熟することさらに遅く満目一色に青し。 細き田中の道を行けば名を知らぬ鳥ありてひなれて横ぎりたり。 雛の色は黒に白き羽まじりたり。 始めは小さき鶏かと思いしがみぞの草に隠れて見えざればすなわち野鳥なることを知れり。 天神の山には祭ありて獅子踊ししおどりあり。 ここにのみは軽くちりたちあかき物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。 獅子踊というは鹿しかまいなり。 鹿のつのをつけたる面をかぶり童子五六人剣を抜きてこれとともに舞うなり。 笛の調子高く歌は低くしてかたわらにあれども聞きがたし。 日は傾きて風吹き酔いて人呼ぶ者の声もさびしく女は笑いは走れどもなお旅愁をいかんともするあたわざりき。

序章-章なし
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遠野物語 - 情報

遠野物語

とおのものがたり

文字数 38,261文字

著者リスト:
著者柳田 国男

底本 遠野物語・山の人生

青空情報


底本:「遠野物語・山の人生」岩波文庫、岩波書店
   1976(昭和51)年4月16日第1刷発行
   2007(平成19)年10月4日第47刷改版発行
   2010(平成22)年3月5日第50刷発行
初出:「遠野物語」柳田國男
   1910(明治43)年6月14日発行
※図版は、「遠野物語増補版」郷土研究社、1935(昭和10)年7月31日発行からとりました。
入力:Nana ohbe
校正:阿部哲也
2012年12月16日作成
2022年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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