三国志 10 出師の巻
著者:吉川英治
さんごくし - よしかわ えいじ
文字数:187,682 底本発行年:1989
骨 を削 る
一
まだ敵味方とも気づかないらしいが、
この理由を知っているのは、関平そのほか、ごく少数の幕僚だけだった。
今も、その関平や
「……何にしても、全軍の死命に
「一時の無念は忍んでも、ひとたび軍を荊州へかえし、万全を期して、出直すことがよいと考えられるが」
「……どうも困ったことではある」
沈痛にささやき交わしていた。
ところへ一名の参謀があわただしく営の奥房から走ってきて、
「羽大将軍のお下知である。
――明日暁天より総攻撃を開始して、是が非でも、あすのうちに、樊城を占領せん。
自身出馬する。
各
にも陣々へ旨を伝え、怠りあるなかれ――との仰せです」
と、伝えてきた。
「えっ、総攻撃を始めて、戦場へ立たれると?」
人々は
「今日はご気分いかがですか」
と、恐る恐る帳中を伺った。
関羽は席に坐していた。 骨たかく顔いろもすぐれず、眼のくぼに青ぐろい疲れがうかがわれるが、音声は常と少しも変ることなく、
「おう、大したことはない。 打ち揃って、何事か」
「只今、お下知は承りましたが、皆の者は、さなきだに、ご病体を案じていたところとて、意外に打たれ、もうしばしご養生の上になされてはと、お諫めに出た次第ですが」
「ははは。
わしの
「お元気を拝して、一同、意を強ういたしますが、いかなる英傑でも、病には勝てません。
先頃からご容態を拝察するに、
「…………」
黙然と聞いていた関羽は、やおら座をあらためて、王甫のことばを抑えた。
「王甫王甫。 また関平もそのほかの者も、無用な時を費やしまた無用な心をつかわなくてもよい。