三国志 09 図南の巻
著者:吉川英治
さんごくし - よしかわ えいじ
文字数:169,168 底本発行年:1989
日輪
一
呉侯の妹、玄徳の夫人は、やがて呉の都へ帰った。
孫権はすぐ妹に
「周善はどうしたか」
「途中、江の上で、張飛や趙雲に
「なぜ、そなたは、
「その阿斗も、
「会うがよい、母公の
「ではまだ……ご容体は」
「至極、お達者だ」
「えっ。 お達者ですって」
「女は女同士で語れ」
いぶかる妹を、
「予の妹は、玄徳の留守に、その家臣どもから追われ、今日、呉へ立ち帰った。 かくなる上は、呉と荊州とは、事実上、なんらの縁故もないことになった。 即時、大軍を起して、荊州を収め、多年の懸案を一挙に解決してしまおうと思う。 それについて、策あらば申し立てよ」
すると、議事の半ばに、江北の
「曹操四十万の大軍を催し、赤壁の仇を報ぜんと、刻々、南下して参る由」と、あった。
俄然、軍議は緊張を呈した。
ところへまた、内務吏から、
「重臣の
「なに、張紘が死んだ」
折も折である。 呉の建業以来の功臣。 孫権は涙しながらその遺書を見た。
張紘の遺書には
「忠義なものである。
この忠良な臣の遺言をなんで
孫権は、一方には、刻々迫る戦機を見ながら、一面直ちに、その居府を、建業(
かくてその地には、白頭城が築かれ、旧府の市民もみな移ってきた。
また、
もちろんこれは、やがて来るべきものに対する国防の一端である。