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三国志 03 群星の巻

著者:吉川英治

さんごくし - よしかわ えいじ

文字数:147,889 底本発行年:1989
著者リスト:
著者吉川 英治
底本: 三国志(一)
底本2: 三国志(二)
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偽忠狼心ぎちゅうろうしん

曹操そうそうからめよ。

布令ふれは、州郡諸地方へ飛んだ。

その迅速を競って。

一方――

洛陽らくようの都をあとに、黄馬に鞭をつづけ、日夜をわかたず、南へ南へと風の如く逃げてきた曹操は、早くも中牟県ちゅうぼうけん(河南省中牟・開封―鄭州ていしゅうの中間)――の附近までかかっていた。

「待てっ」

「馬をおりろ」

関門へかかるや否や、彼は関所の守備兵に引きずりおろされた。

「先に中央から、曹操という者を見かけ次第召捕れと、指令があった。 そのほうの風采と、容貌とは人相書にはなはだ似ておる」

関の吏事やくにんは、そういって曹操が何と云いのがれようとしても、耳を貸さなかった。

「とにかく、役所へ引ッ立てろ」

兵は鉄桶てっとうの如く、曹操を取り囲んで、吟味所へらっしてしまった。

関門兵の隊長、道尉陳宮ちんきゅうは、部下が引っ立ててくる者を見ると、

「あっ、曹操だ! 吟味にも及ばん」と、一見して云いきった。

そして部下の兵をねぎらって彼がいうには、

「自分は先年まで、洛陽に吏事をしておったから、曹操の顔も見覚えている。 ――幸いにも生擒いけどったこの者を都へ差立てれば、自分は万戸侯という大身に出世しよう。 お前たちにも恩賞をわかってくれるぞ。 前祝いに、今夜は大いに飲め」

そこで、曹操の身はたちまち、かねて備えてある鉄の檻車かんしゃにほうりこまれ、明日にも洛陽へ護送して行くばかりとなし、守備の兵や吏事たちは、大いに酒を飲んで祝った。

日暮れになると、酒宴もやみ、吏事も兵も関門を閉じて何処へか散ってしまった。 曹操はもはや、観念の眼を閉じているもののように、檻車の中によりかかって、真暗な山谷の声や夜空の風を黙然と聴いていた。

すると、夜半に近い頃、

「曹操、曹操」

誰か、檻車に近づいてきて、低声こごえに呼ぶ者があった。

眼をひらいて見ると、昼間、自分をひと目で観破った関門兵の隊長なので、曹操は、

「何用か」

うそぶく如く答えると、

「おん身は都にあって、董相国とうしょうこくにも愛され、重く用いられていたと聞いていたが、何故に、こんな羽目になったのか」

「くだらぬことを問うものかな 燕雀えんじゃくなんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんやだ。 ――貴様はもうおれの身を生擒いけどっているんじゃないか。 四の五のいわずと都へ護送して、早く恩賞にあずかれ」

「曹操。 君は人をめいがないな。 好漢惜しむらく――というところか――」

「なんだと」

偽忠狼心ぎちゅうろうしん

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三国志 - 情報

三国志 03 群星の巻

さんごくし 03 ぐんせいのまき

文字数 147,889文字

著者リスト:
著者吉川 英治

底本 三国志(一)

青空情報


底本:「三国志(一)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年4月11日第1刷発行
   2009(平成21)年2月2日第62刷発行
   「三国志(二)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年4月11日第1刷発行
   2008(平成20)年12月22日第53刷発行
※副題には底本では、「群星(ぐんせい)の巻(まき)」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2013年7月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:三国志

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