三国志 03 群星の巻
著者:吉川英治
さんごくし - よしかわ えいじ
文字数:147,889 底本発行年:1989
偽忠狼心
一
その迅速を競って。
一方――
「待てっ」
「馬をおりろ」
関門へかかるや否や、彼は関所の守備兵に引きずりおろされた。
「先に中央から、曹操という者を見かけ次第召捕れと、指令があった。 そのほうの風采と、容貌とは人相書にはなはだ似ておる」
関の
「とにかく、役所へ引ッ立てろ」
兵は
関門兵の隊長、道尉
「あっ、曹操だ! 吟味にも及ばん」と、一見して云いきった。
そして部下の兵をねぎらって彼がいうには、
「自分は先年まで、洛陽に吏事をしておったから、曹操の顔も見覚えている。
――幸いにも
そこで、曹操の身はたちまち、かねて備えてある鉄の
日暮れになると、酒宴もやみ、吏事も兵も関門を閉じて何処へか散ってしまった。 曹操はもはや、観念の眼を閉じているもののように、檻車の中によりかかって、真暗な山谷の声や夜空の風を黙然と聴いていた。
すると、夜半に近い頃、
「曹操、曹操」
誰か、檻車に近づいてきて、
眼をひらいて見ると、昼間、自分をひと目で観破った関門兵の隊長なので、曹操は、
「何用か」
「おん身は都にあって、
「くだらぬことを問うもの
「曹操。
君は人を
「なんだと」