宮本武蔵 06 空の巻
著者:吉川英治
みやもとむさし - よしかわ えいじ
文字数:224,012 底本発行年:1989
普賢
一
木曾路へはいると、随所にまだ雪が見られる。
峠の
だがもう畑や往来には、浅い緑がこぼれている。
季節は今、なんでも育つ
まして城太郎の胃ぶくろと来ては、いよいよ、育つ権利を主張する。 この頃殊に、髪の毛が伸びるように、背の寸法までが伸びそうに見えて、将来の大人ぶりも思いやられる風がある。
もの心つくと、世間の波へ
(なんだってこんな子に、こう
と、ため息ついて、睨んでやることもある。
しかし
そういう横着と、今の季節と、飽くことを知らない胃ぶくろが、行く先々、食べ物とさえ見れば、
「よう、よう、お通さんてば。 あれ買っておくれよ」
と、彼の足を、往来へ釘づけにしてしまう。
先ほど、通りこえた
「これだけですよ」
念を押して、買って与えたが、
「お通さん、お通さん。 干し柿が下がっているぜ。 干し柿喰べたくないかい?」
そろそろ謎をかけ始める。
牛の背に乗って、牛の顔のように、お通が聞えない振りをしているので、
「休もうよ、そこらで――」
と、また始め出した。
「ね、ね」
こう鼻で
「よう、ようっ。
こうなっては一体、ねだっているのか、お通を脅迫しているのか、分らない。
彼女の乗っている牛の手綱は、城太郎の手に曳かれているため、彼の歩き出さぬうちは、どう
「いい加減におしなさい」
遂に、お通も意地になってしまう。
普賢
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
宮本武蔵 - 情報
青空情報
底本:「宮本武蔵(五)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
1989(平成元)年12月11日第1刷発行
2002(平成14)年10月8日第36刷発行
「宮本武蔵(六)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年1月11日第1刷発行
2002(平成14)年12月5日第37刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年12月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:宮本武蔵