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宮本武蔵 04 火の巻

著者:吉川英治

みやもとむさし - よしかわ えいじ

文字数:183,232 底本発行年:1989
著者リスト:
著者:吉川 英治
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西瓜

一

伏見桃山の城地を繞(めぐ)っている淀川の水は、そのまま長流数里、浪華江(なにわえ)の大坂城の石垣へも寄せていた。 ――で、ここら京都あたりの政治的なうごきは、微妙に大坂のほうへすぐ響き、また大坂方の一将一卒の言論も、おそろしく敏感に伏見の城へ聞えて来るらしい。

今――

摂津、山城の二ヵ国を貫くこの大河を中心にして、日本の文化は大きな激変に遭(あ)っている。 太閤(たいこう)の亡き後を、さながら落日の美しさのように、よけいに権威を誇示して見せている秀頼や淀君の大坂城と、関ヶ原の役から後、拍車をかけて、この伏見の城にあり、自ら戦後の経綸(けいりん)と大策に当たり、豊臣(とよとみ)文化の旧態を、根本から革(あらた)めにかかっている徳川家康の勢威と――その二つの文化の潮流が、たとえば、河の中を往来している船にも、陸(おか)をゆく男女の風俗にも、流行歌(はやりうた)にも、職をさがしている牢人の顔つきにも、混色(こんしょく)しているのだった。

「どうなるんだ?」

と、人々はすぐそういう話題に興味を持つ。

「どうって、何が?」

「世の中がよ」

「変るだろう。 こいつあ、はっきりしたことだ。 変らない世の中なんて、そもそも、藤原道長以来、一日だってあった例(ためし)はねえ。 ――源家平家の弓取が、政権を執(と)るようになってからは猶(なお)さらそいつが早くなった」

「つまり、また戦(いくさ)か」

「こうなっちまったものを、今さら、戦のない方へ、世の中を向け直そうとしても、力に及ぶまい」

「大坂でも、諸国の牢人衆へ、手をまわしているらしいな」

「……だろうな、大きな声ではいえねえが、徳川様だって、南蛮船から銃や弾薬(たまぐすり)をしこたま買いこんでいるというし」

「それでいて――大御所様のお孫の千姫を、秀頼公の嫁君にやっているのはどういうものだろ?」

「天下様のなさることは、みな聖賢の道だろうから、下人(げにん)にはわからねえさ」

石は焼けていた。 河の水は沸いている。 もう秋は立っているのだが、暑さはこの夏の土用にも勝(まさ)って酷(きび)しい。

淀の京橋口の柳はだらりと白っぽく萎(な)えている。 気の狂ったような油蝉(あぶらぜみ)が一匹、川を横ぎって町屋の中へ突き当ってゆく。 その町も晩の灯の色はどこへか失って、灰を浴びたような板屋根が乾き上がっているのだった。 橋の上下(かみしも)には、無数の石船がつながれていて、河の中も石、陸(おか)も石、どこを見まわしても石だらけなのである。

その石も皆、畳二枚以上の巨(おお)きなものが多かった。 焼けきった石の上に、石曳(いしひ)きの労働者たちは、無感覚に寝そべったり腰かけたり仰向けに転がったりしている。 ちょうど今が、昼飯刻(どき)でその後の半刻休みを楽しんでいるのであろう。 そこらに材木をおろしている牛車の牛も涎(よだれ)をたらして、満身に蠅(はえ)を集めてじっとしている。

伏見城の修築だった。

いつのまにか、世の人々に「大御所」と呼ばしめている家康がここに滞在しているからではない。 城普請(しろぶしん)は、徳川の戦後政策の一つだった。

譜代大名(ふだいだいみょう)の心を弛緩(しかん)させないために。 ――また、外様(とざま)大名の蓄力を経済的にそれへ消耗させてしまうために。

もう一つの理由は、一般民に、とにかく徳川政策を謳歌(おうか)させるためには、土木の工を各地に起して、下層民へ金をこぼしてやるに限る。

今、城普請は全国的に着手されていた。 その大規模なものだけでも、江戸城、名古屋城、駿府城、越後高田城、彦根城、亀山城、大津城――等々々。

西瓜

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宮本武蔵 - 情報

宮本武蔵 04 火の巻

みやもとむさし 04 ひのまき

文字数 183,232文字

著者リスト:
著者:吉川 英治

底本 宮本武蔵(三)

青空情報


底本:「宮本武蔵(二)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年11月11日第1刷発行
   2003(平成15)年1月30日第40刷発行
   「宮本武蔵(三)」吉川英治歴史時代文庫、講談社
   1989(平成元)年11月11日第1刷発行
   2003(平成15)年1月5日第44刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年1月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:宮本武蔵

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