• URLをコピーしました!

赤いろうそくと人魚

著者:小川未明

あかいろうそくとにんぎょ - おがわ みめい

文字数:7,041 底本発行年:1976
著者リスト:
著者小川 未明
0
0
0


人魚にんぎょは、みなみほううみにばかりんでいるのではありません。 きたうみにもんでいたのであります。

北方ほっぽううみいろは、あおうございました。 あるとき、いわうえに、おんな人魚にんぎょがあがって、あたりの景色けしきをながめながらやすんでいました。

雲間くもまからもれたつきひかりがさびしく、なみうえらしていました。 どちらをてもかぎりない、ものすごいなみが、うねうねとうごいているのであります。

なんという、さびしい景色けしきだろうと、人魚にんぎょおもいました。 自分じぶんたちは、人間にんげんとあまり姿すがたわっていない。 さかなや、また底深そこぶかうみなかんでいる、あらい、いろいろな獣物けものなどとくらべたら、どれほど人間にんげんのほうに、こころ姿すがたているかしれない。 それだのに、自分じぶんたちは、やはりさかなや、獣物けものなどといっしょに、つめたい、くらい、滅入めいりそうなうみなからさなければならないというのは、どうしたことだろうとおもいました。

なが年月としつきあいだはなしをする相手あいてもなく、いつもあかるいうみおもてをあこがれて、らしてきたことをおもいますと、人魚にんぎょはたまらなかったのであります。 そして、つきあかるくらすばんに、うみおもてかんで、いわうえやすんで、いろいろな空想くうそうにふけるのがつねでありました。

人間にんげんんでいるまちは、うつくしいということだ。 人間にんげんは、さかなよりも、また獣物けものよりも、人情にんじょうがあってやさしいといている。 わたしたちは、さかな獣物けものなかんでいるが、もっと人間にんげんのほうにちかいのだから、人間にんげんなかはいってらされないことはないだろう。」 と、人魚にんぎょかんがえました。

その人魚にんぎょおんなでありました。 そして妊娠みもちでありました。 ……わたしたちは、もうながあいだ、このさびしい、はなしをするものもない、きたあおうみなからしてきたのだから、もはや、あかるい、にぎやかなくにのぞまないけれど、これからまれる子供こどもに、せめても、こんなかなしい、たよりないおもいをさせたくないものだ。 ……

子供こどもからわかれて、ひとり、さびしくうみなからすということは、このうえもないかなしいことだけれど、子供こどもがどこにいても、しあわせにらしてくれたなら、わたしよろこびは、それにましたことはない。

人間にんげんは、この世界せかいうちで、いちばんやさしいものだといている。 そして、かわいそうなものや、たよりないものは、けっしていじめたり、くるしめたりすることはないといている。 いったんづけたなら、けっして、それをてないともいている。 さいわい、わたしたちは、みんなよくかお人間にんげんているばかりでなく、どうからうえ人間にんげんそのままなのであるから――さかな獣物けもの世界せかいでさえ、らされるところをおもえば――人間にんげん世界せかいらされないことはない。 人間にんげんげてそだててくれたら、きっと無慈悲むじひてることもあるまいとおもわれる。 ……

人魚にんぎよは、そうおもったのでありました。

せめて、自分じぶん子供こどもだけは、にぎやかな、あかるい、うつくしいまちそだてておおきくしたいというなさけから、おんな人魚にんぎょは、子供こどもりくうえとそうとしたのであります。 そうすれば、自分じぶんは、ふたたびかおることはできぬかもしれないが、子供こども人間にんげん仲間入なかまいりをして、幸福こうふく生活せいかつをすることができるであろうとおもったのです。

はるか、かなたには、海岸かいがん小高こだかやまにある、神社じんじゃ燈火あかりがちらちらと波間なみまえていました。 あるおんな人魚にんぎょは、子供こどもとすために、つめたい、くらなみあいだおよいで、りくほうかってちかづいてきました。

海岸かいがんに、ちいさなまちがありました。 まちには、いろいろなみせがありましたが、おみやのあるやましたに、まずしげなろうそくをあきなっているみせがありました。

そのいえには、としよりの夫婦ふうふんでいました。 おじいさんがろうそくをつくって、おばあさんがみせっていたのであります。 このまちひとや、また付近ふきん漁師りょうしがおみやへおまいりをするときに、このみせって、ろうそくをってやまのぼりました。

やまうえには、まつえていました。

━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

赤いろうそくと人魚 - 情報

赤いろうそくと人魚

あかいろうそくとにんぎょ

文字数 7,041文字

著者リスト:
著者小川 未明

底本 定本小川未明童話全集 1

青空情報


底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社
   1976(昭和51)年11月10日第1刷
   1977(昭和52)年C第3刷
初出:「東京朝日新聞」
   1921(大正10)年2月16日〜20日
※表題は底本では、「赤(あか)いろうそくと人魚(にんぎょ)」となっています。
※初出時の表題は「赤い蝋燭と人魚」です。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2011年12月31日作成
2012年4月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:赤いろうそくと人魚

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!