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五重塔

著者:幸田露伴

ごじゅうのとう - こうだ ろはん

文字数:56,022 底本発行年:1970
著者リスト:
著者幸田 露伴
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其一

木理もくめうるわしき槻胴けやきどう、縁にはわざと赤樫あかがしを用いたる岩畳作りの長火鉢ながひばちむかいて話しがたきもなくただ一人、少しはさびしそうにすわり居る三十前後の女、男のように立派なまゆをいつはらいしかったるあとの青々と、見る眼もむべき雨後の山の色をとどめてみどりにおいひとしお床しく、鼻筋つんと通り眼尻めじりキリリと上り、洗い髪をぐるぐるとむごまろめて引裂紙ひっさきがみをあしらいに一本簪いっぽんざしでぐいととどめを刺した色気なしの様はつくれど、憎いほど烏黒まっくろにて艶ある髪の毛の一ふさ二綜おくれ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増嫌としまぎらいでもめずにはおかれまじき風体、わがものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢しれものが随分頼まれもせぬ詮議せんぎかげではすべきに、さりとは外見みえを捨てて堅義を自慢にした身のつくり方、柄の選択えらみこそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟しゅすえりかけたを着てどこにべにくさいところもなく、引っ掛けたねんねこばかりは往時むかし何なりしやらあらしまの糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来たやつなるべし。

今しも台所にては下婢おさん器物もの洗う音ばかりして家内静かに、ほかには人ある様子もなく、何心なくいたずらに黒文字を舌端したさきなぶおどらせなどしていし女、ぷつりとそれをみ切ってぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火ていよくけ、芋籠いもかごより小巾こぎれとりいだし、銀ほど光れる長五徳ながごとくみがおとし銅壺どうこふたまで奇麗にして、さて南部霰地なんぶあられ大鉄瓶おおてつびんをちゃんとかけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄って来しものが姉御あねご御土産おみやとくれたらしき寄木細工の小繊麗こぎようなる煙草箱たばこばこを、右の手に持った鼈甲管べっこうらお煙管きせるで引き寄せ、長閑のどかに一服吸うて線香の煙るように緩々ゆるゆると煙りをいだし、思わず知らず太息ためいきいて、多分は良人うちの手に入るであろうが憎いのっそりめがむこうへまわり、去年使うてやった恩も忘れ上人様に胡麻摺ごますり込んで、たってこん度の仕事をしょうと身の分も知らずに願いを上げたとやら、清吉せいきちの話しでは上人様に依怙贔屓えこひいきのおこころはあっても、名さえ響かぬのっそりに大切だいじの仕事を任せらるることは檀家方の手前寄進者方の手前もむつかしかろうなれば、大丈夫此方こちいいつけらるるにきまったこと、よしまたのっそりに命けらるればとて彼奴あれめにできる仕事でもなく、彼奴の下に立って働く者もあるまいなれば見事でかし損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人うちのひとがいよいよ御用いいつかったと笑い顔して帰って来られればよい、類の少い仕事だけに是非して見たい受け合って見たい、欲徳はどうでもかまわぬ、谷中感応寺やなかかんおうじの五重塔は川越かわごえ源太げんたが作りおった、ああよくでかした感心なと云われて見たいと面白がって、いつになく職業しょうばいに気のはずみを打って居らるるに、もしこの仕事をひとられたらどのように腹を立てらるるか肝癪かんしゃくを起さるるか知れず、それも道理であって見ればわきからわたしの慰めようもないわけ、ああなんにせよめでとう早く帰って来られればよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面うしろからわが縫いし羽織打ち掛け着せて出したる男の上を気遣うところへ、表の骨太格子ほねぶとごうし手あらくけて、姉御、兄貴は、なに感応寺へ、仕方がない、それでは姉御に、済みませんがお頼み申します、つい昨晩ゆうべへべまして、と後は云わず異な手つきをして話せば、眉頭まゆがしらしわをよせて笑いながら、仕方のないもないもの、少し締まるがよい、と云い云い立って幾らかの金を渡せば、それをもって門口かどぐちに出で何やらくどくど押し問答せし末こなたに来たりて、拳骨げんこつで額を抑え、どうも済みませんでした、ありがとうござりまする、と無骨な礼をしたるもおかし。

其二

火は別にとらぬから此方こちへ寄るがよい、と云いながら重げに鉄瓶を取り下して、属輩めしたにも如才なく愛嬌あいきょうんでやる桜湯一杯、心に花のある待遇あしらいは口に言葉のあだしげきより懐かしきに、悪い請求たのみをさえすらりといてくれし上、胸にわだかまりなくさっぱりと平日つねのごとく仕做しなされては、清吉かえって心羞うらはずかしく、どうやら魂魄たましいの底の方がむずがゆいように覚えられ、茶碗ちゃわん取る手もおずおずとして進みかぬるばかり、済みませぬという辞誼じぎを二度ほど繰り返せし後、ようやくかわききったる舌を湿うるおす間もあらせず、今ごろの帰りとはあまり可愛がられ過ぎたの、ホホ、遊ぶはよけれど職業しごとの間を欠いて母親おふくろに心配さするようでは、男振りが悪いではないか清吉、そなたはこのごろ仲町なかちょうの甲州屋様の御本宅の仕事が済むとすぐに根岸の御別荘のお茶席の方へ廻らせられて居るではないか、良人うちのも遊ぶは随分好きで汝たちの先に立って騒ぐは毎々なれど、職業を粗略おろそかにするは大の嫌い、今もし汝の顔でも見たらばまた例の青筋を立つるにまって居るを知らぬでもあるまいに、さあ少し遅くはなったれど母親の持病が起ったとか何とか方便は幾らでもつくべし、早う根岸へ行くがよい、五三ごさ様もわかった人なれば一日をふてて怠惰なまけぬに免じて、見透みすかしても旦那の前は庇護かぼうてくるるであろう、おお朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳ごぜん其方そちへこしらえよ、湯豆腐に蛤鍋はまなべとは行かぬが新漬に煮豆でも構わぬわのう、二三杯かっこんですぐと仕事に走りゃれ走りゃれ、ホホねむくても昨夜ゆうべをおもえば堪忍がまんのなろうに精を惜しむな辛防しんぼうせよ、よいは[#「よいは」はママ]弁当も松に持たせてやるわ、とにがくはなけれど効験ききめある薬の行きとどいた意見に、汗を出して身の不始末をずる正直者の清吉。

姉御、では御厄介ごやっかいになってすぐに仕事に突っ走ります、と鷲掴わしづかみにした手拭てぬぐいで額き拭き勝手の方に立ったかとおもえば、もうざらざらざらっと口の中へち込むごとく茶漬飯五六杯、早くも食うてしまって出て来たり、さようなら行ってまいります、と肩ぐるみに頭をついと一ツげて煙草管きせるを収め、壺屋つぼや煙草入りょうさげ三尺帯に、さすがは気早き江戸ッ子気質かたぎ草履ぞうりつっかけ門口出づる、途端に今まで黙っていたりし女は急に呼びとめて、この二三日にのっそりめにうたか、と石から飛んで火の出しごとく声をはしらし問いかくれば、清吉ふりむいて、逢いました逢いました、しかも昨日御殿坂で例ののっそりがひとしおのっそりと、往生したとりのようにぐたりと首をれながら歩行あるいて居るを見かけましたが、今度こっちの棟梁とうりょう対岸むこうに立ってのっそりの癖に及びもない望みをかけ、大丈夫ではあるものの幾らか棟梁にも姉御にも心配をさせるそのつらが憎くって面が憎くってたまりませねば、やいのっそりめと頭から毒を浴びせてくれましたに、あいつのことゆえ気がつかず、やいのっそりめ、のっそりめと三度めには傍へ行って大声で怒鳴ってやりましたればようやくびっくりしてふくろに似た眼でひとの顔を見つめ、ああ清吉あーにーいかと寝惚声ねぼけごえ挨拶あいさつ、やい、きさまは大分好い男児おとこになったの、紺屋こうやの干場へ夢にでものぼったか大層高いものを立てたがって感応寺の和尚様に胡麻をり込むという話しだが、それは正気の沙汰か寝惚けてかと冷語ひやかしをまっ向からやったところ、ハハハ姉御、愚鈍うすのろい奴というものは正直ではありませんか、なんと返事をするかとおもえば、わしも随分骨を折って胡麻は摺って居るが、源太親方を対岸に立てて居るのでどうも胡麻が摺りづらくて困る、親方がのっそりきさまやって見ろよと譲ってくれればいいけれどものうとの馬鹿に虫のいい答え、ハハハおもい出しても、心配そうに大真面目くさく云ったその面がおかしくて堪りませぬ、あまりおかしいので憎っ気もなくなり、箆棒べらぼうめと云い捨てに別れましたが。 それぎりか。 へい。 そうかえ、さあ遅くなる、関わずに行くがよい。 さようならと清吉は自己おのが仕事におもむきける、後はひとりで物思い、戸外おもてでは無心の児童こどもたちが独楽戦こまあての遊びに声々かしましく、一人殺しじゃ二人殺しじゃ、醜態ざまを見よかたきをとったぞとわめきちらす。 おもえばこれも順々競争がたきの世のさまなり。

其三

世に栄え富める人々は初霜月の更衣うつりかえも何の苦慮くるしみなく、つむぎに糸織に自己おのが好き好きのきぬ着て寒さに向う貧者の心配も知らず、やれ炉開きじゃ、やれ口切りじゃ、それに間に合うよう是非とも取り急いで茶室成就しあげよ待合の庇廂ひさし繕えよ、夜半よわのむら時雨しぐれも一服やりながらでのうては面白く窓つ音を聞きがたしとの贅沢ぜいたくいうて、木枯こがらしすさまじく鐘の氷るようなって来る辛き冬をば愉快こころよいものかなんぞに心得らるれど、その茶室の床板とこいた削りにかんなぐ手の冷えわたり、その庇廂の大和やまとがき結いに吹きさらされて疝癪せんしゃくも起すことある職人風情ふぜいは、どれほどの悪いごうを前の世になしおきて、同じ時候にひととは違い悩めくるしませらるるものぞや、取り分け職人仲間の中でも世才にうとく心好き吾夫うちのひと、腕は源太親方さえ去年いろいろ世話して下されしおりに、立派なものじゃとめられしほど確実たしかなれど、寛濶おうよう気質きだてゆえに仕事も取りはぐりがちで、好いことはいつもひとられ年中嬉しからぬ生活くらしかたに日を送り月を迎うる味気なさ、膝頭ひざがしらの抜けたを辛くも埋めつづ[#ルビの「つづ」は底本では「つつ」]った股引ももひきばかりわが夫にはかせおくこと、婦女おんなの身としては他人よその見る眼も羞ずかしけれど、何にもかも貧がさする不如意に是非のなく、いま縫う猪之いのが綿入れも洗いざらした松坂縞まつざかじま、丹誠一つで着させても着させえなきばかりでなく見ともないほど針目がち、それを先刻さっき頑是がんぜない幼な心といいながら、母様其衣それは誰がのじゃ、小さいからはおれ衣服べべか、嬉しいのうとよろこんでそのまま戸外おもてへ駈けいだし、珍らしゅう暖かい天気に浮かれて小竿こざお持ち、空に飛び交う赤蜻※(「虫+廷」、第4水準2-87-52)あかとんぼはたいて取ろうとどこの町まで行ったやら、ああ考え込めば裁縫しごとも厭気になって来る、せめて腕の半分も吾夫の気心が働いてくれたならばこうも貧乏はしまいに、技倆わざはあっても宝の持ち腐れの俗諺たとえの通り、いつその手腕うであらわれて万人の眼に止まるということの目的あてもない、たたき大工穴鑿あなほり大工、のっそりという忌々いまいましい諢名あだなさえ負わせられて同業中なかまうちにもかろしめらるる歯痒はがゆさ恨めしさ、かげでやきもきとわたしが思うには似ず平気なが憎らしいほどなりしが、今度はまたどうしたことか感応寺に五重塔の建つということ聞くや否や、急にむらむらとその仕事を是非する気になって、恩のある親方様が望まるるをも関わず胴欲に、このような身代の身に引き受きょうとは、ちとえら過ぎると連れ添うわたしでさえ思うものを、他人はなんとうわさするであろう、ましてや親方様は定めし憎いのっそりめと怒ってござろう、お吉様はなおさら義理知らずの奴めと恨んでござろう、今日は大抵どちらにか任すと一言上人様のおめなさるはずとて、今朝出て行かれしがまだ帰られず、どうか今度の仕事だけはあれほど吾夫は望んで居らるるとも此方こちは分に応ぜず、親方には義理もありかたがた親方の方に上人様の任さるればよいと思うような気持もするし、また親方様の大気にて別段怒りもなさらずば、吾夫にさせて見事成就させたいような気持もする、ええ気のめる、どうなることか、とても良人うちにはお任せなさるまいがもしもいよいよ吾夫のすることになったら、どのようにまあ親方様お吉様の腹立てらるるか知れぬ、ああ心配に頭脳あたまの痛む、またこれが知れたらば女のらぬ無益むだ心配、それゆえいつも身体の弱いと、有情やさしくて無理な叱言こごとを受くるであろう、もう止めましょ止めましょ、ああ痛、と薄痘痕うすいものあるあおい顔をしかめながら即効紙のってある左右の※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみを、縫い物捨てて両手でおさえる女の、齢は二十五六、眼鼻立ちも醜からねど美味うまきもの食わぬに膩気あぶらけ少く肌理きめ荒れたるさまあわれにて、襤褸衣服ぼろぎものにそそけ髪ますます悲しき風情なるが、つくづくひとり歎ずる時しも、台所のしきりの破れ障子がらりと開けて、母様これを見てくれ、と猪之が云うにびっくりして、そなたはいつからそこにいた、と云いながら見れば、四分板六分板の切れ端を積んで現然ありありと真似び建てたる五重塔、思わず母親涙になって、おお好い児ぞと声曇らし、いきなり猪之にいだきつきぬ。

其四

当時に有名なうての番匠川越の源太が受け負いて作りなしたる谷中感応寺の、どこに一つ批点を打つべきところあろうはずなく、五十畳敷格天井ごうてんじょうの本堂、橋をあざむく長き廻廊、幾部いくつかの客殿、大和尚が居室いま、茶室、学徒所化しょけの居るべきところ、庫裡くり、浴室、玄関まで、あるは荘厳を尽しあるは堅固をきわめ、あるは清らかにあるはびておのおのそのよろしきにかない、結構少しも申し分なし。 そもそも微々たる旧基を振るいてかほどの大寺を成せるは誰ぞ。 法諱おんなを聞けばそのころの三歳児みつごも合掌礼拝すべきほど世に知られたる宇陀うだ朗円上人ろうえんしょうにんとて、早くより身延みのぶの山に螢雪けいせつの苦学を積まれ、中ごろ六十余州に雲水の修行をかさね、毘婆舎那びばしゃな三行さんぎょう寂静じゃくじょう慧剣えけんぎ、四種の悉檀しったんに済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶くんせんを避くるによってつるのごとくにせ、まなこ人世じんせい紛紜ふんうんきて半ばねむれるがごとく、もとより壊空えくうの理をたいして意欲の火炎ほのおを胸に揚げらるることもなく、涅槃ねはんの真をして執着しゅうじゃく彩色いろに心を染まさるることもなければ、堂塔をおこ伽藍がらんを立てんと望まれしにもあらざれど、徳を慕い風を仰いで寄り来る学徒のいと多くて、それらのものが雨露しのがん便宜たよりもとのままにてはなくなりしまま、なお少し堂の広くもあれかしなんど独語つぶやかれしが根となりて、道徳高き上人の新たに規模を大きゅうして寺を建てんと云いたまうぞと、このこと八方に伝播ひろまれば、中には徒弟の怜悧りこうなるがみずから奮って四方にせ感応寺建立に寄附を勧めてあるくもあり、働き顔に上人の高徳をべ説き聞かし富豪を慫慂すすめて喜捨せしむる信徒もあり、さなきだに平素ひごろより随喜渇仰かつごうの思いを運べるもの雲霞のごときにこの勢いをもってしたれば、上諸侯より下町人まで先を争い財を投じて、我一番に福田ふくでんへ種子を投じて後の世を安楽やすくせんと、富者は黄金白銀を貧者は百銅二百銅を分に応じて寄進せしにぞ、百川海に入るごとくまたたひまに金銭の驚かるるほど集まりけるが、それより世才にけたるものの世話人となり用人となり、万事万端り行うてやがて立派に成就しけるとは、聞いてさえ小気味のよき話なり。

しかるに悉皆しっかい成就の暁、用人頭の為右衛門普請諸入用諸雑費一切しめくくり、手脱てぬかることなく決算したるになお大金のあまれるあり。 これをばいかになすべきと役僧の円道えんどうもろとも、髪ある頭に髪なき頭突き合わせて相談したれど別に殊勝なる分別も出でず、田地を買わんかはた買わんか、田も畠も余るほど寄附のあれば今さらまたこの浄財をそのようなことに費すにも及ばじと思案にあまして、面倒なりよきに計らえと皺枯しわがれたる御声にて云いたまわんは知れてあれど、恐る恐る円道ある時、おぼさるる用途みちもやと伺いしに、塔を建てよとただ一言云われしぎり振り向きもしたまわず、鼈甲縁べっこうぶちの大きなる眼鏡めがねうちよりかすかなる眼の光りを放たれて、何の経やら論やらを黙々と読み続けられけるが、いよいよ塔の建つに定まって例の源太に、積り書いだせと円道が命令いいつけしを、知ってか知らずにか上人様にお目通り願いたしと、のっそりが来しは今より二月ほど前なりし。

其五

紺とはいえど汗にめ風にかわりて異な色になりし上、幾たびか洗いすすがれたるためそれとしも見えず、えり記印しるしの字さえおぼろげとなりし絆纏はんてんを着て、補綴つぎのあたりし古股引ふるももひきをはきたる男の、髪は塵埃ほこりまみれてしらけ、面は日に焼けて品格ひんなき風采ようすのなおさら品格なきが、うろうろのそのそと感応寺の大門を入りにかかるを、門番とがり声で何者ぞと怪しみ誰何ただせば、びっくりしてしばらく眼を見張り、ようやく腰をかがめて馬鹿丁寧に、大工の十兵衛と申しまする、御普請につきましてお願いに出ました、とおずおず云う風態そぶりの何となくには落ちねど、大工とあるに多方源太が弟子かなんぞの使いに来たりしものならんと推察すいして、通れと一言押柄おうへいに許しける。

十兵衛これに力を得て、四方あたりを見廻わしながら森厳こうごうしき玄関前にさしかかり、お頼申たのもうすと二三度いえば鼠衣ねずみごろも青黛頭せいたいあたま可愛かわゆらしき小坊主の、おおと答えて障子引きけしが、応接に慣れたるものの眼捷めばやく人を見て、敷台までも下りず突っ立ちながら、用事なら庫裡くりの方へ廻れ、とつれなく云い捨てて障子ぴっしゃり、後はどこやらの樹頭ひよの声ばかりして音もなく響きもなし。 なるほどとひとごとしつつ十兵衛庫裡にまわりてまた案内を請えば、用人為右衛門仔細しさいらしき理屈顔して立ち出で、見なれぬ棟梁殿、いずくより何の用事で見えられた、と衣服みなりの粗末なるにはやあなどかろしめた言葉づかい、十兵衛さらに気にもとめず、野生わたくしは大工の十兵衛と申すもの、上人様の御眼にかかりお願いをいたしたいことのあってまいりました、どうぞお取次ぎ下されまし、とこうべを低くして頼み入るに、為右衛門じろりと十兵衛が垢臭あかくさ頭上あたまより白の鼻緒の鼠色になった草履はき居る足先までめ下し、ならぬ、ならぬ、上人様は俗用におかかわりはなされぬわ、願いというは何か知らねど云うて見よ、次第によりては我が取り計ろうてやる、とさもさも万事心得た用人めかせる才物ぶり。 それを無頓着むとんじゃくの男の質朴ぶきようにも突き放して、いえ、ありがとうはござりますれど上人様に直々じきじきでのうては、申しても役に立ちませぬこと、どうぞただお取次ぎを願いまする、と此方こちの心が醇粋いっぽんぎなれば先方さきの気にさわる言葉とも斟酌しんしゃくせず推し返し言えば、為右衛門腹には我を頼まぬが憎くていかりを含み、わけのわからぬ男じゃの、上人様はきさまごとき職人らに耳はしたまわぬというに、取り次いでも無益むやくなれば我が計ろうて得させんと、甘くあしらえばつけ上る言い分、もはや何もかも聞いてやらぬ、帰れ帰れ、と小人の常態つねとて語気たちまち粗暴あらくなり、にべなく言い捨て立たんとするにあわてし十兵衛、ではござりましょうなれど、と半分いう間なく、うるさい、やかましいと打ち消され、奥の方に入られてしもうて茫然ぼんやりと土間に突っ立ったままうちほたる脱去ぬけられしごとき思いをなしけるが、是非なく声をあげてまた案内を乞うに、口ある人のありやなしや薄寒き大寺の岑閑しんかんと、反響ひびきのみはわが耳にち来れど咳声しわぶき一つ聞えず、玄関にまわりてまた頼むといえば、先刻さき見たる憎げな怜悧小僧りこうこぼうずのちょっと顔出して、庫裡へ行けと教えたるに、と独語つぶやきて早くも障子ぴしゃり。

また庫裡に廻りまた玄関に行き、また玄関に行き庫裡に廻り、ついには遠慮を忘れて本堂にまで響く大声をあげ、頼む頼むお頼申すと叫べば、其声それよりでかき声をいだして馬鹿めとののしりながら為右衛門ずかずかと立ち出で、僮僕おとこどもこの狂漢きちがいを門外に引きいだせ、騒々しきを嫌いたまう上人様に知れなば、我らがこやつのために叱らるべしとの下知げじ、心得ましたと先刻さきより僕人部屋おとこべやころがりいし寺僕おとこら立ちかかり引き出さんとする、土間に坐り込んでいだされじとする十兵衛。 それ手を取れ足を持ち上げよと多勢おおぜい口々に罵り騒ぐところへ、後園の花二枝にし三枝はさんで床の眺めにせんと、境内けいだいあちこち逍遙しょうようされし朗円上人、木蘭色もくらんじき無垢むくを着て左の手に女郎花おみなえし桔梗ききょう、右の手に朱塗しゅにぎりのはさみ持たせられしまま、図らずここに来かかりたまいぬ。

其六

何事に罵り騒ぐぞ、と上人が下したまうつるの一声のお言葉に群雀のともがら鳴りをとどめて、振り上げしこぶしかくすにところなく、禅僧の問答にありやありやと云いかけしまま一喝されて腰のくだけたるごとき風情なるもあり、まくり縮めたる袖を体裁きまり悪げに下してこそこそと人の後ろに隠るるもあり。 天を仰げる鼻のあなより火煙もくべき驕慢きょうまんの怒りに意気たかぶりし為右衛門も、少しはじてや首をたれみながら、自己おのれが発頭人なるに是非なく、ありし次第をわが田に水引き水引き申し出づれば、痩せ皺びたる顔に深く長くいたる法令の皺溝すじをひとしお深めて、にったりとゆるやかに笑いたまい、婦女おんなのようにかろやわらかな声小さく、それならば騒がずともよいこと、為右衛門そなたがただ従順すなおに取り次ぎさえすれば仔細はのうてあろうものを、さあ十兵衛殿とやら老衲わしについて此方こちへおいで、とんだ気の毒な目にわせました、と万人に尊敬うやまい慕わるる人はまた格別の心の行き方、未学を軽んぜず下司をも侮らず、親切に温和ものやさしく先に立って静かに導きたまう後について、迂濶うかつな根性にも慈悲の浸み透れば感涙とどめあえぬ十兵衛、だんだんと赤土のしっとりとしたるところ、飛石の画趣えごころかれあるところ、梧桐あおぎりの影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなど※(「螢」の「虫」に代えて「糸」、第3水準1-90-16)めぐめぐり過ぎて、ささやかなる折戸を入れば、花もこれというはなき小庭のただものさびて、有楽形うらくがた燈籠とうろうに松の落葉の散りかかり、方星宿ほうせいしゅく手水鉢ちょうずばちこけの蒸せるが見る眼のちりをも洗うばかりなり。

上人庭下駄脱ぎすてて上にあがり、さあそなた此方こちへ、と云いさしてに持たれし花を早速さそく釣花活つりはないけに投げこまるるにぞ、十兵衛なかなかめずおくせず、手拭てぬぐいで足はたくほどのことも気のつかぬ男とてなすことなく、草履脱いでのっそりと三畳台目の茶室に入りこみ、鼻突き合わすまで上人に近づき坐りて黙々と一礼するさまは、礼儀にならわねど充分に偽飾いつわりなきこころ真実まことをあらわし、幾たびかすぐにも云い出でんとしてなお開きかぬる口をようやくに開きて、舌の動きもたどたどしく、五重の塔の、御願いに出ましたは五重の塔のためでござります、とやぶから棒を突き出したようにしりもったてて声の調子も不揃ふぞろいに、辛くも胸にあることを額やらわきの下の汗とともに絞り出せば、上人おもわず笑いを催され、何か知らねど老衲わしをばこわいものなぞと思わず、遠慮を忘れてゆるりと話をするがよい、庫裡の土間に坐りうで動かずにいた様子では、何か深う思い詰めて来たことであろう、さあ遠慮を捨ててかずに、老衲をば朋友ともだち同様におもうて話すがよい、とあくまでやさしき注意こころぞえ 十兵衛もろくもふくろと常々悪口受くる銅鈴眼すずまなこにはや涙を浮めて、はい、はい、はいありがとうござりまする、思い詰めて参上まいりました、その五重の塔を、こういう野郎でござります、御覧の通り、のっそり十兵衛と口惜くやしい諢名あだなをつけられて居るやっこでござりまする、しかしお上人様、真実ほんとでござりまする、工事しごとは下手ではござりませぬ、知っておりますわたくしは馬鹿でござります、馬鹿にされております、意気地のないやつでござります、虚誕うそはなかなか申しませぬ、お上人様、大工はできます、大隅流おおすみりゅう童児こどもの時から、後藤ごとう立川たてかわ二ツの流義も合点がてん致しておりまする、させて、五重塔の仕事を私にさせていただきたい、それで参上まいりました、川越の源太様が積りをしたとは五六日前聞きました、それから私は寝ませぬわ、お上人様、五重塔は百年に一度一生に一度建つものではござりませぬ、恩を受けております源太様の仕事をりたくはおもいませぬが、ああ賢い人は羨ましい、一生一度百年一度の好い仕事を源太様はさるる、死んでも立派に名を残さるる、ああ羨ましい羨ましい、大工となって生きている生き甲斐もあらるるというもの、それに引き代えこの十兵衛は、のみ手斧ちょうなもっては源太様にだとて誰にだとて、打つ墨縄の曲ることはあれ万が一にも後れを取るようなことは必ず必ずないと思えど、年が年中長屋の羽目板はめの繕いやら馬小屋箱溝はこどぶの数仕事、天道様が知恵というものをおれにはくださらないゆえ仕方がないとあきらめて諦めても、まずい奴らが宮を作り堂を受け負い、見るものの眼から見れば建てさせた人が気の毒なほどのものを築造こしらえたを見るたびごとに、内々自分の不運を泣きますわ、お上人様、時々は口惜しくて技倆うでもない癖に知恵ばかり達者な奴が憎くもなりまするわ、お上人様、源太様は羨ましい、知恵も達者なれば手腕うでも達者、ああ羨ましい仕事をなさるか、おれはよ、源太様はよ、情ないこのおれはよと、羨ましいがつい高じて女房かかにも口きかず泣きながら寝ましたその夜のこと、五重塔をきさま作れ今すぐつくれとおそろしい人にいいつけられ、狼狽うろたえて飛び起きさまに道具箱へ手を突っ込んだは半分夢で半分うつつ、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿つばのみにつっかけて怪我をしながら道具箱につかまって、いつの間にか夜具の中から出ていたつまらなさ、行燈あんどんの前につくねんと坐ってああ情ない、つまらないと思いました時のその心持、お上人様、わかりまするか、ええ、わかりまするか、これだけが誰にでも分ってくれれば塔も建てなくてもよいのです、どうせ馬鹿なのっそり十兵衛は死んでもよいのでござりまする、腰抜鋸こしぬけのこのように生きていたくもないのですわ、其夜それからというものは真実ほんと、真実でござりまする上人様、晴れて居る空を見ても燈光あかりとどかぬへやすみの暗いところを見ても、白木造りの五重の塔がぬっと突っ立って私を見下しておりまするわ、とうとう自分が造りたい気になって、とても及ばぬとは知りながら毎日仕事を終るとすぐに夜をめて五十分一の雛形ひながたをつくり、昨夜ゆうべでちょうど仕上げました、見に来て下されお上人様、頼まれもせぬ仕事はできてしたい仕事はできない口惜しさ、ええ不運ほど情ないものはないとわしが歎けばお上人様、なまじできずば不運も知るまいと女房めが其雛形それをば揺り動かしての述懐、無理とは聞えぬだけによけい泣きました、お上人様お慈悲に今度の五重塔は私に建てさせて下され、拝みます、こここの通り、と両手を合わせてかしらを畳に、涙は塵を浮べたり。

其七

木彫りの羅漢らかんのように黙々と坐りて、菩提樹ぼだいじゅの実の珠数ずず繰りながら十兵衛がらちなき述懐に耳を傾け居られし上人、十兵衛がかしらを下ぐるを制しとどめて、わかりました、よく合点が行きました、ああ殊勝な心がけを持って居らるる、立派な考えをたくわえていらるる、学徒どもの示しにもしたいような、老衲わしも思わず涙のこぼれました、五十分一の雛形とやらも是非見にまいりましょう、しかしそなたに感服したればとて今すぐに五重の塔の工事しごとを汝に任するわと、軽忽かるはずみなことを老衲の独断ひとりぎめで言うわけにもならねば、これだけは明瞭はっきりとことわっておきまする、いずれ頼むとも頼まぬともそれは表立って、老衲からではなく感応寺から沙汰をしましょう、ともかくも幸い今日は閑暇ひまのあれば汝が作った雛形を見たし、案内してこれよりすぐに汝が家へ老衲を連れて行てはくれぬか、とすこしも辺幅ようだいを飾らぬ人の、義理すじみち明らかに言葉渋滞しぶりなく云いたまえば、十兵衛満面に笑みを含みつつ米くごとくむやみに頭を下げて、はい、はい、はいと答えおりしが、願いをお取り上げ下されましたか、ああありがとうござりまする、野生わたくしうちへおいで下さりますると、ああもったいない、雛形はじきに野生めが持ってまいりまする、御免下され、と云いさまさすがののっそりも喜悦に狂して平素つねには似ず、大げさに一つぽっくりと礼をばするや否や、飛石に蹴躓けつまずきながら駈け出してわが家に帰り、帰ったと一言女房にも云わず、いきなりに雛形持ち出して人を頼み、二人して息せき急ぎ感応寺へと持ち込み、上人が前にさし置きて帰りけるが、上人これをよくたまうに、初重より五重までの配合つりあい、屋根庇廂ひさし勾配こうばい、腰の高さ、椽木たるき割賦わりふり九輪請花露盤宝珠くりんうけばなろばんほうじゅの体裁までどこに可厭いやなるところもなく、水際みずぎわ立ったる細工ぶり、これがあの不器用らしき男の手にてできたるものかと疑わるるほど巧緻たくみなれば、独りひそかに歎じたまいて、かほどの技倆うでをもちながらむなしくうずもれ、名を発せず世を経るものもあることか、傍眼わきめにさえも気の毒なるを当人の身となりてはいかに口惜しきことならん、あわれかかるものに成るべきならば功名てがらを得させて、多年いだける心願こころだのみそむかざらしめたし、草木とともに朽ちて行く人の身はもとより因縁仮和合いんねんけわごう、よしや惜しむとも惜しみて甲斐なくとどめて止まらねど、たとえば木匠こだくみの道は小なるにせよそれに一心の誠をゆだ生命いのちをかけて、欲も大概あらましは忘れ卑劣きたなおもいも起さず、ただただのみをもってはよく穿らんことを思い、かんなを持ってはよく削らんことを思う心のたっとさは金にも銀にもたぐえがたきを、わずかに残す便宜よすがもなくていたずらに※(「氓のへん+おおざと」、第3水準1-92-61)ほくぼうの土にうずめ、冥途よみじつともたらし去らしめんこと思えば憫然あわれ至極なり、良馬りょうめしゅうを得ざるの悲しみ、高士世にれられざるの恨みもせんずるところはかわることなし、よしよし、我図らずも十兵衛が胸にいだける無価の宝珠の微光を認めしこそ縁なれ、こたびの工事しごとを彼にいいつけ、せめては少しの報酬むくいをば彼が誠実まことの心に得させんと思われけるが、ふと思いよりたまえば川越の源太もこの工事をことのほかに望める上、彼には本堂庫裏くり客殿作らせしちなみもあり、しかも設計予算つもりがきまではやいだしてわが眼に入れしも四五日前なり、手腕うでは彼とて鈍きにあらず、人の信用うけははるかに十兵衛に超えたり。 一ツの工事に二人の番匠、これにもさせたし彼にもさせたし、いずれにせんと上人もさすがこれには迷われける。

其八

明日たつの刻ごろまでに自身当寺へ来たるべし、かねてその方工事仰せつけられたきむね願いたる五重塔の儀につき、上人直接じきにお話示はなしあるべきよしなれば、衣服等失礼なきよう心得て出頭せよと、厳格おごそかに口上をぶるは弁舌自慢の円珍えんちんとて、唐辛子をむざとたしなくらえるたたり鼻のさきにあらわれたる滑稽納所おどけなっしょ 平日ふだんならば南蛮なんばん和尚といえる諢名あだなを呼びて戯談口じょうだんぐちきき合うべき間なれど、本堂建立中朝夕ちょうせき顔を見しよりおのずとれし馴染なじみも今は薄くなりたる上、使僧らしゅう威儀をつくろいて、人さし指中指の二本でややもすれば兜背形とっぱいなり頭顱あたま頂上てっぺんく癖ある手をも法衣ころもの袖に殊勝くさく隠蔽かくし居るに、源太もうやまつつしんで承知の旨を頭下げつつ答えけるが、如才なきお吉はわが夫をかかる俗僧ずくにゅうにまでよくわせんとてか帰り際に、出したままにして行く茶菓子とともに幾干銭いくらか包み込み、是非にというて取らせけるは、思えばけしからぬ布施のしようなり。 円珍十兵衛が家にもいたりて同じことをべ帰りけるが、さてその翌日となれば源太は鬚剃ひげそ月代さかやきして衣服をあらため、今日こそは上人のみずから我に御用仰せつけらるるなるべけれと勢い込んで、庫裏より通り、とある一間に待たされてを正しくしひかえける。

さまこそかわれ十兵衛も心は同じ張りをもち、導かるるまま打ち通りて、人気のなきに寒さ一室ひとまうちにただ一人兀然つくねんとして、今や上人のびたまうか、五重の塔の工事一切そなたに任すと命令いいつけたまうか、もしまた我には命じたまわず源太に任すとめたまいしを我にことわるため招ばれしか、そうにもあらば何とせん、浮むよしなき埋れ木のわが身の末に花咲かん頼みも永くなくなるべし、ただ願わくは上人のわが愚かしきをあわれみて我に命令たまわんことをと、九尺二枚の唐襖からかみ金鳳銀凰きんほうぎんおうかけり舞うそのはく模様の美しきも眼に止めずして、茫々ぼうぼう暗路やみじに物をさぐるごとく念想おもいを空に漂わすことやや久しきところへ、例の怜悧りこうげな小僧こぼうずいで来たりて、方丈さまの召しますほどにこちらへおいでなされまし、と先に立って案内すれば、すわや願望のぞみのかなうともかなわざるとも定まる時ぞと魯鈍おろかの男も胸を騒がせ、導かるるまま随いて一室ひとまうちへずっと入る、途端にこなたをぎろりっと見る眼鋭く怒りを含んで斜めににらむは思いがけなき源太にて、座に上人の影もなし。 事の意外に十兵衛も足踏みとめて突っ立ったるまま一言もなく白眼にらみ合いしが、是非なく畳二ひらばかりを隔てしところにようやく坐り、力なげ首悄然しおしおおのれがひざ気勢いきおいのなきたそうなる眼をそそぎ居るに引き替え、源太郎は小狗こいぬ瞰下みおろ猛鷲あらわしの風に臨んで千尺のいわおの上に立つ風情、腹に十分じゅうぶの強みを抱きて、背をもげねば肩をもゆがめず、すっきり端然しゃんと構えたる風姿ようだいといい面貌きりょうといい水際立ったる男振り、万人が万人とも好かずには居られまじき天晴あっぱれ小気味のよき好漢おとこなり。

其一

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五重塔 - 情報

五重塔

ごじゅうのとう

文字数 56,022文字

著者リスト:
著者幸田 露伴

底本 日本の文学 1 坪内逍遙 二葉亭四迷 幸田露伴

青空情報


底本:「日本の文学 1 坪内逍遙 二葉亭四迷 幸田露伴」中央公論社
   1970(昭和45)年1月5日初版発行
初出:「国会新聞」
   1891(明治24)年11月〜1892(明治25)年4月
※このファイルには、以下の青空文庫のテキストを、上記底本にそって修正し、組み入れました。
「五重塔 新字旧仮名」(入力:kompass、校正:浅原庸子)
入力:佐野良二
校正:川山隆
2009年9月11日作成
2013年3月31日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:五重塔

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