相対性理論
著者:アルベルト・アインスタイン
そうたいせいりろん
文字数:12,674 底本発行年:1930
(一九一一年一月一六日チューリッヒの自然科学会席上の講義)
「相対性理論」と名づけられる理論が倚りかかっている大黒柱はいわゆる相対性原理[#「相対性原理」は底本では「相対性理論]です。 私はまず相対性原理とは何であるかを明らかにしておこうと思います。 私たちは二人の物理学者を考えてみましょう。 この二人の物理学者はどんな物理器械をも用意しています。 そして各々一つの実験室をもっています。 一人の物理学者の実験室はどこか普通の場所にあるとし、もう一人の実験室は一定の方向に一様な速さで動く汽車の箱のなかにあるとします。 相対性原理は次のことを主張するのです。 もしこの二人の物理学者が彼等のすべての器械を用いて、一人は静止せる実験室のなかで、もう一人は汽車のなかで、すべての自然法則を研究するならば、汽車が動揺せずに一様に走る限り、彼等は全く同じ自然法則を見出すでありましょう。 幾らか抽象的にこう云うことも出来ます。 自然法則は相対性原理によれば基準体系の併移運動に関しません。
私達は今この相対性原理が旧来の力学でどんな役目をもっていたかをみましょう。 旧来の力学は第一にガリレイの原理の上に安坐しています。 この原理に従えば、ある物体は他の物体の作用を受けない限り、直線的な一様な運動にあります。 もしこの法則が上に云うた実験室の一方に対して成り立つ[#「成り立つ」は底本では「成リ立つ」]ならば、それはまた第二に対しても成り立ちます。 私達はそのことを直接に直観から取り出すことが出来ます。 私達はそれをしかしまたニウトン力学の方程式からも引き出すことが出来るのです。 私達はその方程式をもとの基準体系に対して一様に動いているものへ転換させればよいのです。
私はここで実験室と云っていますが、数理的物理学では事柄を一定の実験室に関係させる代りに坐標系に関係させるのが普通です。 このようにある何かに関係させるという場合に本質的なのは次の事柄です。 私達が一点の位置について何か云おうとするときには、いつも私達はこの点とある他の物体系の一点との合致を示し与えます。 もし私が例えば自分をこの質点であると取り、そうして、私はこの部屋のなかのこの場所に居ると云いますなら、私は自分を空間的の関係でこの部屋のある点と合致させたのです。 あるいは私はこの合致を云いあらわしたのです。 数理的物理学ではこれを云い表わすのに、三つの数、すなわちいわゆる坐標によりて、場所を示そうとした点が坐標系と称えられる剛体体系のどの点と合致するかを云い表わします。
これは相対性原理について最も一般的のものであったのでしょう。 もし私達が、十八世紀もしくは十九世紀前半の物理学者に、この原理を疑うかどうかを尋ねたとしましたなら、彼はきっとこの質問を断然否定したに違いありません。 その当時は各の自然現象をすべて旧来の力学の方則に帰せしめられることが確かであるとしていましたから、それを疑う理由をちっとも持っていなかったのです。 私はここで、物理学者が経験によってどうしてこの原理に矛盾する物理学的論理を立てるようになったかを説明しようと思います。 そのために私達は光学及び電気力学の発展を、それらが前世紀において、漸次是認せられた限りにおいて、相対性原理の立場から簡単に考察してみなければなりません。
光はちょうど音波のように干渉や
折を示します。
ですから私達は光を一の波動としてもしくは一般にある媒質の週期的に変化する状態として見做さなくてはならないように感じさせられます。
この媒質をエーテルと名づけました。
かような媒質の存在は近頃までは物理学者に絶対に確かであるように見えました。
次に述べる理論はエーテル仮説とは相容れないものですが、しかししばらく私達はこれに依ることにしましょう。
私達は今この媒質に関してどんな考え方が発展されて来たか、またこのエーテルを仮定する物理学的理論を導き入れたためにどんな問題が起ったかをみようと思います。
私達は既に、光がこの媒質の振動から成ると考えたこと、すなわちこの媒質は光及び熱の振動の伝播を引き受けていると考えた事を述べました。
静止物体の光学的現象だけを取り扱っている間は、光がこの媒質の運動を起すと云う外に、それの別の運動を問題にするには及ばなかったのでした。
単にこの媒質はそこで見ている物体と同様に――光が起すはずであった振動を取り除けば――静止の状態にあると仮定されました。
運動物体の光学的現象、並に――それと関聯して――運動物体の電磁気的性質を考察するようになったときに、私達はその観察する物理学的体系のなかで、物体に種々の速度を与えたならばエーテルはどうなるかと云う問題に向わなければなりませんでした。
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
相対性理論 - 情報
青空情報
底本:「世界大思想全集 48」春秋社
1930(昭和5)年12月5日発行
※誤植を疑った箇所を、本文中の他の箇所の表記にそって、あらためました。
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「或る→ある 或は→あるいは 謂わゆる→いわゆる (て)居→い・お 於て→おいて 於ける→おける 却って→かえって 且つ→かつ かも知れ→かもしれ 斯様→かよう 斯う→こう 此・此の・斯の→この 之→これ 併し→しかし 暫く→しばらく 即ち→すなわち 凡て→すべて 然う→そう 抑も→そもそも それ故→それゆえ 唯→ただ 丁度→ちょうど 就いて・就て→ついて 何故→なぜ 並びに→ならびに 筈→はず 甚だ→はなはだ 程→ほど 殆ど→ほとんど 先ず→まず 又・亦→また 寧ろ→むしろ 若し→もし 若しくは→もしくは 勿論→もちろん 稍→やや 能く→よく 其の→その 極く→ごく 旧と→もと 多分→たぶん 但し→ただし 僅か→わずか 最早や→もはや 見なければ→みなければ 見ましょう→みましょう 見よう→みよう」
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:高瀬竜一
2018年3月26日作成
2023年6月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:相対性理論