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ろくろ首

原題:ROKURO-KUBI

著者:小泉八雲

ろくろくび - こいずみ やくも

文字数:6,862 底本発行年:1937
著者リスト:
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
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序章-章なし

五百年ほど前に、九州菊池の侍臣に磯貝平太左衞門武連たけつらと云う人がいた。 この人は代々武勇にすぐれた祖先からの遺伝で、生れながら弓馬の道に精しく非凡の力量をもっていた。 未だ子供の時から劒道、弓術、槍術では先生よりもすぐれて、大胆で熟練な勇士の腕前を充分にあらわしていた。 その後、永享年間(西暦一四二九―一四四一)の乱に武功をあらわして、ほまれを授かった事たびたびであった。 しかし菊池家が滅亡に陥った時、磯貝は主家を失った。 外の大名に使われる事も容易にできたのであったが、自分一身のために立身出世を求めようとは思わず、また以前の主人に心が残っていたので、彼は浮世を捨てる事にした。 そして剃髪して僧となり――囘龍と名のって――諸国行脚に出かけた。

しかし僧衣の下には、いつでも囘龍の武士の魂が生きていた。 昔、危険をものともしなかったと同じく、今はまた難苦を顧みなかった。 それで天気や季節に頓着なく、外の僧侶達のあえて行こうとしない処へ、聖い仏の道を説くために出かけた。 その時代は暴戻乱雑の時代であった。 それでたとえ僧侶の身でも、一人旅は安全ではなかった。

始めての長い旅のうちに、囘龍は折があって、甲斐の国を訪れた。 ある夕方の事、その国の山間を旅しているうちに、村から数理を離れた、はなはだ淋しい処で暗くなってしまった。 そこで星の下で夜をあかす覚悟をして、路傍の適当な草地を見つけて、そこに臥して眠りにつこうとした。 彼はいつも喜んで不自由を忍んだ。 それで何も得られない時には、裸の岩は彼にとってはよい寝床になり、松の根はこの上もない枕となった。 彼の肉体は鉄であった。 露、雨、霜、雪になやんだ事は決してなかった。

横になるや否や、斧と大きな薪の束を脊負うて道をたどって来る人があった。 この木こりは横になっている囘龍を見て立ち止まって、しばらく眺めていたあとで、驚きの調子で云った。

『こんなところで独りでねておられる方はそもそもどんな方でしょうか。 ……このあたりには変化へんげのものが出ます――たくさんに出ます。 あなたは魔物を恐れませんか』

囘龍は快活に答えた、『わが友、わしはただの雲水じゃ。 それゆえ少しも魔物を恐れない、――たとえ化け狐であれ、化け狸であれ、その外何の化けであれ。 淋しい処は、かえって好む処、そん処は黙想をするのによい。 わしは大空のうちに眠る事に慣れておる、それから、わしのいのちについて心配しないように修業を積んで来た』

『こんな処に、お休みになる貴僧は、全く大胆な方に相違ない。 ここは評判のよくない――はなはだよくない処です。 『君子危うきに近よらず』と申します。 実際こんな処でお休みになる事ははなはだ危険です。 私の家はひどいあばらやですが、御願です、一緒に来て下さい。 喰べるものと云っては、さし上げるようなものはありません。 が、とにかく屋根がありますから安心してねられます』

熱心に云うので、囘龍はこの男の親切な調子が気に入って、この謙遜な申出を受けた。 きこりは往来から分れて、山の森の間の狭い道を案内して上って行った。 凸凹の危険な道で、――時々断崖の縁を通ったり、――時々足の踏み場処としては、滑りやすい木の根のからんだものだけであったり、――時々尖った大きな岩の上、または間をうねりくねったりして行った。 しかし、ようやく囘龍はある山の頂きの平らな場所へ来た。

序章-章なし
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ろくろ首 - 情報

ろくろ首

ろくろくび

文字数 6,862文字

著者リスト:
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次

底本 小泉八雲全集第八卷 家庭版

青空情報


底本:「小泉八雲全集第八卷 家庭版」第一書房
   1937(昭和12)年1月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「敢て→あえて 或→ある・あるい 居→い・お 如何→いか 何れ→いずれ 置→お 沢山→たくさん 度々→たびたび 多分→たぶん 甚だ→はなはだ 程→ほど 先ず→まず 若し→もし 余程→よほど 故→ゆえ 僅か→わずか」
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2019年2月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:ろくろ首

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