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源氏物語 03 空蝉

著者:紫式部

げんじものがたり - むらさき しきぶ

文字数:6,405 底本発行年:1971
著者リスト:
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
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序章-章なし

うつせみのわがうすごろも風流男に

れてぬるやとあぢきなきころ(晶子)

眠れない源氏は、

「私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。 恥ずかしくて生きていられない気がする」

などと言うのを小君こぎみは聞いて涙さえもこぼしていた。 非常にかわいく源氏は思った。 思いなしか手あたりの小柄なからだ、そう長くは感じなかったあの人の髪もこれに似ているように思われてなつかしい気がした。 この上しいて女を動かそうとすることも見苦しいことに思われたし、また真から恨めしくもなっている心から、それきりことづてをすることもやめて、翌朝早く帰って行ったのを、小君は気の毒な物足りないことに思った。 女も非常にすまないと思っていたが、それからはもう手紙も来なかった。 おこりになったのだと思うとともに、このまま自分が忘れられてしまうのは悲しいという気がした。 それかといって無理な道をしいてあの方が通ろうとなさることの続くのはいやである。 それを思うとこれで結末になってもよいのであると思って、理性では是認しながら物思いをしていた。

源氏は、ひどい人であると思いながら、このまま成り行きにまかせておくことはできないような焦慮を覚えた。

「あんな無情な恨めしい人はないと私は思って、忘れようとしても自分の心が自分の思うようにならないから苦しんでいるのだよ。 もう一度えるようないい機会をおまえが作ってくれ」

こんなことを始終小君は言われていた。 困りながらこんなことででも自分を源氏が必要な人物にしてくれるのがうれしかった。 子供心に機会をねらっていたが、そのうちに紀伊守きいのかみが任地へ立ったりして、残っているのは女の家族だけになったころのある日、夕方の物の見分けのまぎれやすい時間に、自身の車に源氏を同乗させて家へ来た。 なんといっても案内者は子供なのであるからと源氏は不安な気はしたが、慎重になどしてかかれることでもなかった。 目だたぬ服装をして紀伊守家の門のしめられないうちにと急いだのである。 少年のことであるから家の侍などが追従して出迎えたりはしないのでまずよかった。 東側の妻戸つまどの外に源氏を立たせて、小君自身は縁を一回りしてから、南のすみの座敷の外から元気よくたたいて戸を上げさせて中へはいった。 女房が、

「そんなにしては人がお座敷を見ます」

小言こごとを言っている。

「どうしたの、こんなに今日は暑いのに早く格子こうしをおろしたの」

「お昼から西のたい――寝殿しんでんの左右にある対の屋の一つ――のお嬢様が来ていらっしって碁を打っていらっしゃるのです」

と女房は言った。

源氏は恋人とその継娘ままむすめが碁盤を中にしてむかい合っているのをのぞいて見ようと思って開いた口からはいって、妻戸と御簾みすの間へ立った。 小君の上げさせた格子がまだそのままになっていて、外から夕明かりがさしているから、西向きにずっと向こうの座敷までが見えた。 こちらの室の御簾のそばに立てた屏風びょうぶも端のほうが都合よく畳まれているのである。 普通ならば目ざわりになるはずの几帳きちょうなども今日の暑さのせいで垂れは上げてさおにかけられている。 が人の座に近く置かれていた。 中央の室の中柱に寄り添ってすわったのが恋しい人であろうかと、まずそれに目が行った。 紫の濃いあや単衣襲ひとえがさねの上に何かの上着をかけて、頭の恰好かっこうのほっそりとした小柄な女である。 顔などは正面にすわった人からも全部が見られないように注意をしているふうだった。 せっぽちの手はほんの少しよりそでから出ていない。 もう一人は顔を東向きにしていたからすっかり見えた。

序章-章なし
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源氏物語 - 情報

源氏物語 03 空蝉

げんじものがたり 03 うつせみ

文字数 6,405文字

著者リスト:
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子

底本 全訳源氏物語 上巻

青空情報


底本:「全訳源氏物語 上巻」角川文庫、角川書店
   1971(昭和46)年8月10日改版初版発行
   1994(平成6)年12月20日56版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月5日71版を使用しました。
入力:上田英代
校正:砂場清隆
2003年4月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:源氏物語

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