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握り寿司の名人

著者:北大路魯山人

にぎりずしのめいじん - きたおおじ ろさんじん

文字数:9,265 底本発行年:1993
著者リスト:
底本: 魯山人の食卓
親本: 魯山人著作集
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序章-章なし

東京における戦後の寿司屋すしや繁昌はんじょうたいしたもので、今ではひと頃の十倍もあるだろう。 さかなめし安直あんちょくにいっしょに食べられるところが時代の人気に投じたものだろう。 しかし、さて食える寿司となるとなかなか少ない。 これは寿司屋に調理の理解がないのと、安くして評判をとるために粗末そまつになるからだろう。

現に新橋付近だけでも何百軒とあるであろう。 この中で挙げるとなると、昔、名を成した新富しんとみその弟子の新富支店、久兵衛きゅうべえくだって寿司仙すしせんくらいなものだろう。 安田靱彦ゆきひこさんが看板を書いてるのもあるが、これは主人が作家でないらしくすべての上で私の気に入らない。

いったい寿司のウマイマズイはなんとしても魚介原料の問題で、第一に素晴らしいまぐろが加わらなければ寿司を構成しない。 その他、本場ほんばものの穴子あなご煮方にかたうまいとか、赤貝あかがいなら検見川けみがわ中形ちゅうがた赤貝を使うとかで、よしあしはわけもなくわかるが、とにかくまず材料がよくなくては上等寿司には仕上がらない。 海苔のりもよくなければいけないのは勿論もちろんである。 海苔も部厚ぶあつなものが巻きに適するが、厚いものにはよい物がないが部厚でありながらよい物を備える必要がある。 「米」これは福島あたりが一等で、新潟のも使える。 しかしそのき方――程度がむずかしい。 酢は米酢よねずと称するものが一番で、関西寿司の用うる白酢しろずではだめだ、飯に三分づきくらいの色がつく酢が旨い。 それから飯の味付けは、上方かみがた式に米の中に昆布こぶ、砂糖などでいろいろ加味しては江戸前えどまえにはならない、塩、酢、だけの味付けが本格である。 また飯の握りの大きいのは安物やすものである。 大きく握るものにろくなすしはない。 小握りが上等品となっている。 一等品は贅沢屋ぜいたくやの食べるものだから。

寿司に生姜しょうがをつけて食うのは必須ひっす条件であるが、なかなかむずかしい。 生姜の味付けに甘酢あまずひたす家もあるが、江戸前としての苦労が足りない。 さてこんなことをつぶさに心得てる寿司屋はなかなかあるものではない。 ただし先に挙げてみた三、四軒の中にはある。 しかし、これにもまたいろいろ長短があり一概いちがいにはいえぬが、実はこれを見破みやぶるほどの食通しょくつうもいないので、商売繁昌はんじょう、客にもわかる人はきわめて少ない。

寿司通すしつうと自称他称する連中もたいていはいい加減な半可通はんかつうで、それならこそまた寿司屋も息をつけるというものである。

寿司は結局寿司屋が作ってるか、客が作ってるかということになる。 見ているといい客はいい寿司屋に行き、わるい客はわるい店に行く。 寿司屋と客とは五分五分の勝負で、各店それぞれそれらしいのが来ている。

近年は寿司屋も進歩して、久兵衛きゅうべえのごとき、人のうわさでは、鮎川義介翁あゆかわよしすけおうが後援して近代感覚の素晴らしい店構えを作っている。 それがために、従来にない客種きゃくだねをそろえて寿司王を思わせている。 また再興した新富しんとみ寿司本店も今までに見られないものを持って臨んでいる。 これもまた、寿司王国を示している。 こんなふうに寿司屋は体裁ていさいではグングンと万事に改良し進歩を示している。 しかし、これが一般向きの店となってはなかなかそうもいかぬようである。 第一に客種に問題があるのだろう。

以下一々について各店主人の持つ寿司観の長短を俎上そじょうに載せて見よう。

終戦後、闇米屋やみごめやという女性行商人が大活躍し、取り締まりなどなに恐れるところなく日々東京に入りこんで、チャッカリ商売したものであった。 売り込み先は割烹かっぽう旅館、特に寿司屋を当てにして新潟・福島・秋田などからたくましくも行商に来ていた。 東京では首を長くして持ちこがれているという様子が、彼ら闇屋の目には鋭く映るのだろう。

序章-章なし
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握り寿司の名人 - 情報

握り寿司の名人

にぎりずしのめいじん

文字数 9,265文字

著者リスト:

底本 魯山人の食卓

親本 魯山人著作集

青空情報


底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2004(平成16)年10月18日第1刷発行
   2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「独歩」
   1952(昭和27)〜1953(昭和28)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:握り寿司の名人

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