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流刑地で

原題:IN DER STRAFKOLONIE

著者:フランツ・カフカ Franz Kafka

るけいちで

文字数:31,715 底本発行年:1960
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序章-章なし

「奇妙な装置なのです」と、将校は調査旅行者に向っていって、いくらか驚嘆しているようなまなざしで、自分ではよく知っているはずの装置をながめた。 旅行者はただ儀礼から司令官のすすめに従ったらしかった。 司令官は、命令不服従と上官侮辱とのために宣告を下された一人の兵士の刑の執行に立ち会うようにとすすめたのだった。 この刑執行に対する関心は、流刑地るけいちでもたいして大きくはないらしかった。 少なくとも木のない山腹に取り囲まれた深くて小さい砂地のこの谷間には、将校と旅行者とのほかには、頭髪も顔のひげものび放題の、頭の鈍い大口の受刑者と、兵士が一人いるだけだった。 その兵士は重い鎖をもっており、それから小さないくつかの鎖が出ていて、それで受刑者の足首や手首や首もしばられていた。 またそれらの小さな鎖はつなぎの鎖でつなぎ合わされている。 ところで、受刑者は犬のように従順に見えるので、まるで自由に四方の山腹をかけ廻らせておくことができ、執行の直前にただ笛を鳴らしさえすればもどってくるような様子に見受けられた。

旅行者はそんな装置にはほとんど興味がなく、受刑者の背後でほとんど無関心そうにいったりきたりしていた。 一方、将校のほうは最後の準備をととのえているところで、あるいは地中深くにすえつけた装置の下をはったり、あるいは上の部分を調べるために梯子はしごを登ったりしていた。 ほんとうは機械係にまかせておけるような仕事だったが、彼がこの装置の特別な讃美者なのであれ、何かほかの理由からこの仕事をほかの者にまかせることができないのであれ、いずれにしてもひどく熱心にその仕事を実行していた。

「これですっかりすんだ!」と、ついに将校は叫んで、梯子を下りてきた。 ひどく疲れていて、口を大きく開けて息をしており、二枚の薄い婦人用ハンカチを軍服のカラーのうしろに押しこんでいた。

「そういう軍服では熱帯では重たすぎますね」と、旅行者は将校が予想していたように装置のことをたずねるかわりに、そういった。

「まったくです」と、将校はいって、油脂で汚れた両手を用意されてあるバケツで洗った。

「でも、この軍服は故国を意味するものです。 われわれは故国を失いたくありません。 ――ところで、この装置をごらん下さい」と、彼はすぐに言葉をつけ加え、両手を布でふき、同時に装置をさし示した。 「今まではまだ手でやる仕事が必要でしたが、これからは装置がまったくひとりで働きます」

旅行者はうなずいて、将校のあとにつづいた。 将校はどんな突発事故に対しても言いのがれをつけておこうとして、やがていった。

「むろん、いろいろ故障が起こります。 きょうは故障は起こらないとは思いますが、ともかくその覚悟だけはしておかなければなりません。 この装置は実際、十二時間もぶっつづけに動くんです。 でも、たとい故障が起っても、ほんの小さな故障ですむはずです。 すぐなおるでしょう」

「おかけになりませんか」と、将校は最後にいって、籐椅子とういすの山から一つ引き出してきて、旅行者にすすめた。 旅行者はことわるわけにはいかなかった。 そこで、穴のふちで腰を下ろした。 そして、その穴にちょっと視線を投げた。 穴はそれほど深かった。 穴の片側には掘り出された土が土手のように積み重ねられ、もう一方には装置が置かれていた。

「司令官があなたにこの装置を説明したかどうかわかりませんが」と、将校はいった。 旅行者ははっきりしない手のしぐさで否定した。 将校もそれ以上のことを要求しているわけではなかった。 というのは、それなら自分自身で装置のことを説明することができるわけだ。 「この装置は」と、彼はいってL字形のハンドルをつかみ、それで身体を支えた。 「われわれの旧司令官の発明です。 これに関するいちばん最初の実験が行われるようになったとき、私はすぐ協力し、完成までのあらゆる仕事に関係してきました。

序章-章なし
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流刑地で - 情報

流刑地で

るけいちで

文字数 31,715文字

著者リスト:

底本 世界文学大系58 カフカ

青空情報


底本:「世界文学大系58 カフカ」筑摩書房
   1960(昭和35)年4月10日発行
入力:kompass
校正:青空文庫
2010年11月28日作成
2016年2月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:流刑地で

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