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原題:DAS SCHLOSS

著者:フランツ・カフカ Franz Kafka

しろ

文字数:364,933 底本発行年:1960
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第一章

Kが到着したのは、晩遅くであった。 村は深い雪のなかに横たわっていた。 城の山は全然見えず、霧とやみとが山を取り巻いていて、大きな城のありかを示すほんの微かな光さえも射していなかった。 Kは長いあいだ、国道から村へ通じる木橋の上にたたずみ、うつろに見える高みを見上げていた。

それから彼は、宿を探して歩いた。 旅館ではまだ人びとがおきていて、亭主は泊める部屋をもってはいなかったが、この遅い客に見舞われてあわててしまい、Kを食堂のわらぶとんの上に寝かせようとした。 Kはそれを承知した。 二、三人の農夫がまだビールを飲んでいたが、Kはだれとも話したくなかったので、自分で屋根裏から藁ぶとんをもってきて、ストーブのそばで横になった。 部屋は暖かく、農夫たちは静かだった。 Kは疲れた眼で彼らの様子をうかがっていたが、やがて眠りこんだ。

だが、それからすぐ起こされてしまった。 町方の身なりをした俳優のような顔の、眼が細くまゆの濃い一人の若い男が、亭主とともにKのそばに立っていた。 農夫たちもまだ残っていて、二、三の者はもっとよくながめて話を聞こうと、椅子をめぐらしている。 若い男は、Kを起こしたことをひどくていねいにわびて、自分は城の執事の息子だと名のり、それからいうのだった。

「この村は城の領地です。 ここに住んだり泊ったりする者は、いわば城に住んだり泊ったりすることになります。 だれでも、伯爵の許可なしにはそういうことは許されません。 ところが、あなたはそういう許可をおもちでない。 あるいは少なくともその許可をお見せになりませんでした」

Kは身体を半分起こして、髪の毛をきちんと整え、その人びとを下から見上げて、いった。

「どういう村に私は迷いこんだのですか? いったい、ここは城なんですか?」

「そうですとも」と、若い男はゆっくりいったが、そこここにKをいぶかって頭を振る者もいた。 「ウェストウェスト伯爵様の城なのです」

「それで、宿泊の許可がいるというのですね?」と、Kはたずねたが、相手のさきほどの通告がひょっとすると夢であったのではないか、とたしかめでもするかのようであった。

「許可がなければいけません」という答えだった。 若い男が腕をのばし、亭主と客たちとに次のようにたずねているのには、Kに対するひどい嘲笑が含まれていた。

「それとも、許可はいらないとでもいうのかな?」

「それなら、私も許可をもらってこなければならないのでしょうね」と、Kはあくびをしながらいって、起き上がろうとするかのように、かけぶとんを押しやった。

「それでいったいだれの許可をもらおうというんですか?」と、若い男がきく。

「伯爵様のですよ」と、Kはいった。 「ほかにはもらいようがないでしょう」

「こんな真夜中に伯爵様の許可をもらってくるんですって?」と、若い男は叫び、一歩あとしざりした。

「できないというのですか?」と、Kは平静にたずねた。 「それでは、なぜ私を起こしたんです?」

ところが今度は、若い男はひどくおこってしまった。

「まるで浮浪人の態度だ!」と、彼は叫んだ。 「伯爵の役所に対する敬意を要求します! あなたを起こしたのは、今すぐ伯爵の領地を立ち退かなければならないのだ、ということをお知らせするためです」

道化どうけ芝居はたくさんです」と、Kはきわだって低い声でいい、ごろりと横になり、ふとんをかぶった。

「お若いかた、あなたは少しばかり度を越していますよ。

第一章

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城 - 情報

しろ

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底本 世界文学大系58 カフカ

青空情報


底本:「世界文学大系58 カフカ」筑摩書房
   1960(昭和35)年4月10日発行
入力:kompass
校正:米田
2011年12月3日作成
2016年2月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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