原爆詩集
著者:峠三吉
げんばくししゅう - とうげ さんきち
文字数:20,031 底本発行年:1952
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――一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。
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序
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
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八月六日
あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
五万の悲鳴は絶え
渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは
満員電車はそのまま
涯しない
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に
くずれた
焼け
泣きながら群れ歩いた裸体の行列
石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた
夕空をつく
下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく