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小公女

原題:A LITTLE PRINCESS

著者:フランセス・ホッヂソン・バァネット Frances Hodgeson Burnett

しょうこうじょ

文字数:116,430 底本発行年:1927
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はしがき(父兄へ)

この『小公女』という物語は、『小公子』を書いた米国のバァネット女史が、その『小公子』の姉妹篇として書いたもので、少年少女読物としては、世界有数のものであります。

『小公子』は、貧乏な少年が、一躍イギリスの貴族の子になるのにひきかえて、この『小公女』は、金持の少女が、ふいに無一物の孤児みなしごになることを書いています。 しかし、強い正しい心を持っている少年少女は、どんな境遇にいても、敢然かんぜんとしてその正しさをげない、ということを、バァネット女史は両面から書いて見せたに過ぎないのです。

『小公子』を読んで、何物かを感得された皆さんは、この『小公女』を読んで、また別な何物かを得られる事と信じます。

昭和二年十二月菊池 寛

[#改丁]

一 印度いんどからロンドンへ

ある陰気な冬の日のことでした。 ロンドンの市中は、非常な霧のために、街筋まちすじには街燈が点り、商店の飾窓かざりまど瓦斯ガスの光に輝いて、まるで夜が来たかと思われるようでした。 その中を、風変りなどこか変った様子の少女が、父親と一緒に辻馬車に乗って、さして急ぐともなく、揺られて行きました。 父の腕に抱かれた少女は、脚を縮めて坐り、窓越しに往来の人々を眺めていました。

セエラ・クルウはまだやっと七歳なのに、十二にしてもませすぎた眼付をしていました。 彼女は年中大人の世界のことを空想してばかりいましたので、自然顔付もませてきたのでしょう。 彼女自身も、もう永い永い生涯を生きて来たような気持でいました。

セエラは今、父のクルウ大尉と一緒に、ボムベイからロンドンに着いたばかりのところなのです。 あの暑い印度のこと、大きな船のこと、甲板かんぱんのこと、船の上で知り合いになった小母おばさん達のことなど思い起しますと、今この霧の町を妙な馬車で通っていることさえ、不思議に思われてなりませんでした。 セエラは父の方にぴたりと身を寄せて、

「お父様。」 ささやきました。

「何だえ、嬢や?」クルウ大尉はセエラをひしと抱きしめて、娘の顔を覗きこみました。 「何を考えているの?」

「ねえ、これがあそこなの?」

「うむ、そうだよ。 とうとう来たのだよ。」

セエラはほんの七歳でしたが、そういった時の父が、悲しい思い出に打たれていることを悟りました。

父がセエラの口癖の「あそこ」のことを話し出したのは、ずっと前のことでした。 母はセエラの生れた時亡くなってしまいましたので、セエラは母のことは何も知らず、したがって恋しいとも思いませんでした。 若くて、風采ふうさいの立派な、情愛の深い父こそは、セエラにとってたった一人の肉親でした。 父子ふたりはいつも一緒に遊び、お互にまたなきものと思っていました。 セエラは皆が彼女に聞えないつもりで話しているのを耳にして、父は裕福なのだと知りました。 それで、彼女も大きくなれば裕福になるのだと知りました。 裕福とはどんなことか、それはセエラには解りませんでした。 が、セエラは美しい平屋建バンガローに住んでいましたし、召使はたくさんいましたし、何でもセエラの自由にならないものはありませんので、こんなのが裕福というのかなと彼女は思っていました。

七歳ななつになるまでの間にセエラの気がかりになっていたことは、いつかれて行かれる「あそこ」のことだけでありました。 印度の気候は子供達の体によくなかったので、印度で生れた子供達は出来るだけ早く英国へ送られ、英国の学校に入れられるのでした。 セエラはよその子供達が英国へ帰って行くのを見たり、親達が子供から受けとった手紙の話をしているのを、聞いたりしました。 で、セエラもいつかは印度を去ることになるのだろうと思っていました。 父が時々してくれる航海の話、新しいお国の話には惹きつけられないでもありませんでした。 が、あそこに行けば、父と一緒にいることが出来ないのだと思うと、セエラの胸は痛むのでした。

はしがき(父兄へ)

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小公女 - 情報

小公女

しょうこうじょ

文字数 116,430文字

底本 小學生全集第五十二卷 小公女

青空情報


底本:「小學生全集第五十二卷 小公女」興文社、文藝春秋社
   1927(昭和2)年12月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
 その際、次の書き換えを行いました。
「或→ある・あるい 居→い・お 却って→かえって 彼処→かしこ 難→がた 曽て→かつて 此処・此室・此家・茲→ここ 此方→こっち 毎→ごと 悉く→ことごとく 此の→この 直き→じき 切りに→しきりに 従って→したがって 暫く→しばらく 知れない・ません→しれない・ません 直ぐ→すぐ 凡→すべて 其処→そこ 傍→そば 沢山→たくさん 忽ち→たちまち 給→たま 度→たび 為→ため 何誰→だれ 丁度→ちょうど 就いて→ついて 唯→と 何処→どこ 何誰・何方→どなた 何の→どの 共に→ともに 何故→なぜ 筈→はず 頁→ページ 殆んど→ほとんど 先ず→まず 全く→まったく 迄→まで 間もなく→まもなく 若し→もし 勿論→もちろん 尤も→もっとも 許→もと 貰→もら 易→やす 他所→よそ 宜し→よろし」
※底本は総ルビでしたが、一部を省きました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「ひ」「あかり」と読んで単独で用いる際は「灯」、熟語をつくる際は「燈」とする底本の使い分けをなぞりました。
※「ジュフアジ」と「ジュフラアジ」と「ジフアジ」、「ベッキィ」と「ベッキー」と「ベッキイ」、「パリィ」と「パリイ」、「蹈」と「踏」の混在は、底本通りです。
入力:大久保ゆう
校正:門田裕志、浅原庸子
2005年5月19日作成
2013年9月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:小公女

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