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銀河鉄道の夜

著者:宮沢賢治

ぎんがてつどうのよる - みやざわ けんじ

文字数:38,436 底本発行年:1996
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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一、午后の授業

「ではみなさんは、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐたこのぼんやりと白いものがほんたうは何かご承知ですか。」 先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のやうなところを指しながら、みんなに問をかけました。

カムパネルラが手をあげました。 それから四五人手をあげました。 ジョバンニも手をあげやうとして、急いでそのまゝやめました。 たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないといふ気持ちがするのでした。

ところが先生は早くもそれを見附けたのでした。

「ジョバンニさん。 あなたはわかってゐるのでせう。」

ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答へることができないのでした。 ザネリが前の席からふりかへって、ジョバンニを見てくすっとわらひました。 ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまひました。 先生がまた云ひました。

「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でせう。」

やっぱり星だとジョバンニは思ひましたがこんどもすぐに答へることができませんでした。

先生はしばらく困ったやうすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、「ではカムパネルラさん。」 と名指しました。 するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもぢもぢ立ち上ったまゝやはり答へができませんでした。

先生は意外なやうにしばらくぢっとカムパネルラを見てゐましたが、急いで「では。 よし。」 と云ひながら、自分で星図を指しました。

「このぼんやりと白い銀河を大きないゝ望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。 ジョバンニさんさうでせう。」

ジョバンニはまっ赤になってうなづきました。 けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。 さうだ僕は知ってゐたのだ、勿論カムパネルラも知ってゐる、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。 それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書〔斎〕から巨きな本をもってきて、ぎんがといふところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。 それをカムパネルラが忘れる筈もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云はないやうになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、さう考へるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあはれなやうな気がするのでした。

先生はまた云ひました。

「ですからもしもこの天の川がほんたうに川だと考へるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。 またこれを巨きな乳の流れと考へるならもっと天の川とよく似てゐます。 つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでゐる脂油の球にもあたるのです。 そんなら何がその川の水にあたるかと云ひますと、それは真空といふ光をある速さで伝へるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでゐるのです。 つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでゐるわけです。 そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちゃうど水が深いほど青く見えるやうに、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。 この模型をごらんなさい。」

先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸レンズを指しました。

「天の川の形はちゃうどこんななのです。 このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じやうにじぶんで光ってゐる星だと考へます。

一、午后の授業

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銀河鉄道の夜 - 情報

銀河鉄道の夜

ぎんがてつどうのよる

文字数 38,436文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 【新】校本宮澤賢治全集 第十一巻 童話Ⅳ 本文篇

青空情報


底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十一巻 童話 本文篇」筑摩書房
   1996(平成8)年1月25日初版第1刷発行
※底本のテキストは、著者草稿によります。
※底本では校訂及び編者による説明を「〔 〕」、削除を「〔〕」で表示しています。
※「カムパネルラ」と「カンパネルラ」の混在は、底本通りです。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお拗音、促音の小書きは、底本通りです。
入力:砂場清隆
校正:北川松生
2016年6月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:銀河鉄道の夜

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