風立ちぬ
著者:堀辰雄
かぜたちぬ - ほり たつお
文字数:54,457 底本発行年:1977
Le vent se l
ve, il faut tenter de vivre.
PAUL VAL
RY
序曲
それらの夏の日々、一面に
そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を
風立ちぬ、いざ生きめやも。
ふと口を
「まあ! こんなところを、もしお父様にでも見つかったら……」
お前は私の方をふり向いて、なんだか
「もう二三日したらお父様がいらっしゃるわ」
或る朝のこと、私達が森の中をさまよっているとき、突然お前がそう言い出した。
私はなんだか不満そうに黙っていた。
するとお前は、そういう私の方を見ながら、すこし
「そうしたらもう、こんな散歩も出来なくなるわね」
「どんな散歩だって、しようと思えば出来るさ」
私はまだ不満らしく、お前のいくぶん気づかわしそうな視線を自分の上に感じながら、しかしそれよりももっと、私達の頭上の梢が何んとはなしにざわめいているのに気を
「お父様がなかなか私を離して下さらないわ」
私はとうとう
「じゃあ、僕達はもうこれでお別れだと云うのかい?」
「だって仕方がないじゃないの」
そう言ってお前はいかにも諦め切ったように、私につとめて
「どうしてこんなに変っちゃったんだろうなあ。
あんなに私に何もかも任せ切っていたように見えたのに……」と私は考えあぐねたような
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風立ちぬ - 情報
青空情報
底本:「昭和文学全集 第6巻」小学館
1988(昭和63)年6月1日初版第1刷発行
底本の親本:「堀辰雄全集 第1巻」筑摩書房
1977(昭和52)年5月28日初版第1刷発行
初出:序曲「改造」1936(昭和11)年12月号に発表された「風立ちぬ」の発端部分を野田書房版(1938(昭和13)年4月10日刊)「風立ちぬ」において「序曲」と改題。
春「新女苑」1937(昭和12)年4月号に「婚約」と題して。
風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号に。構成は「発端」「」「」「」の4章から成る。
冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号
死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
初収単行本:「風立ちぬ」野田書房
1938(昭和13)年4月10日
※底本の親本の筑摩全集版は、野田書房版による。初出情報は、「堀辰雄全集 第1巻」筑摩書房、1977(昭和52)年5月28日、解題による。
入力:kompass
校正:浅原庸子
2003年12月29日作成
2010年11月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
青空文庫:風立ちぬ