キャラコさん 01 社交室
著者:久生十蘭
キャラコさん - ひさお じゅうらん
文字数:27,696 底本発行年:1970
一
青い波のうねりに、
英国種の芝生が、
一月だというのに
正月も半ばすぎなので、暮から
時節柄、外国人の顔はあまり見えず、三階の南側のバルコンのついた部屋に
夫人はジャンヌさん、娘はイヴォンヌさんといって、
もしや、露台の揺り椅子にでも出ていはしまいかと、そのほうを見あげたが、窓には薄地のカアテンがすんなりとたれさがっているばかりで、そのひとのすがたは見えない。
めったに社交室へも顔を出さずに、いつも母娘二人だけで楽しそうに話しあっている。
なんて
それにひきかえて、『社交室』の連中は、いったい、どうしたというのだろう。
ゴルフの話、競馬の話、流行の話、映画の話、……浜の
このホテルに泊っているひとびとの噂や品評がおもで、社交室にい合わせないひとたちが片っ端から槍玉にあげられる。
誰れかちょっと座を立ってゆくと、すぐそのひとの品評にうつり、今までひとの噂をしていたそのひとが、こんどはさんざんにやっつけられる。
まるで、このホテルのほかに世界がないように、互いに
巧妙なあてこすりもあれば、洗練された皮肉もある。
ちょっと聞くと、たいへん
剛子がこのホテルへきてから、今日でちょうど半月になる。
こんな贅沢なホテルでぶらぶらしていられる身分でもなければ、また、たいして好きでもない。
叔母の
だいいち、それが妙でしょうがない。 日ごろは、こんな親切な叔母ではないのである。 むしろ、意地悪だといった方が早いだろう。 それも相当渋いもので、眼にたつ意地悪をするのではない。 思いもかけぬようなところでピリッと辛いのである。 こういう複雑なやりかたもあるものかと、そのつど、剛子はあっけにとられる。
なにしろ、打算にたけた叔母のことだから、どうせ、なにか相当の理由がなくてはならぬはずだ。 なかなか、二人の娘のひきたて役ぐらいのところではなかろうとおもわれる。
考えてもわかりそうもないことだし、生れつき屈託のないたちだから、あまり深いせんさくはしないことにしている。 なにか自分の信念に反するようなことでもおしつけられたら、その時はそれに相当した態度をとればいい。 つつましくは暮らしてきたが、そういう場合にとるべき態度だけはちゃんと教えられている。
剛子は、もう一時間もこうしてひとりでサン・ルームの
ここへはだれもやってこないし、窓からは陽がさしこむし、居心地の悪いことはないのだが、どうにも退屈でやりきれなくなってきた。
なにもしないでいるというのは、なんという
もっとも、これは今日に始まったことではない。