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やまなし

著者:宮沢賢治

やまなし - みやざわ けんじ

文字数:2,578 底本発行年:1980
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。

一、五月

ひきかにの子供らが青じろい水の底で話てゐました。

『クラムボンはわらつたよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』

『クラムボンは跳てわらつたよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』

上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。 そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。

『クラムボンはわらつてゐたよ。』

『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』

『それならなぜクラムボンはわらつたの。』

『知らない。』

つぶつぶ泡が流れて行きます。 蟹の子供らもぽつぽつぽつとつゞけて五六粒泡を吐きました。 それはゆれながら水銀のやうに光つて斜めに上の方へのぼつて行きました。

つうと銀のいろの腹をひるがへして、一ぴきの魚が頭の上を過ぎて行きました。

『クラムボンは死んだよ。』

『クラムボンは殺されたよ。』

『クラムボンは死んでしまつたよ………。』

『殺されたよ。』

『それならなぜ殺された。』 兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べつたい頭にのせながらひました。

『わからない。』

魚がまたツウと戻つて下流の方へ行きました。

『クラムボンはわらつたよ。』

『わらつた。』

にはかにパツと明るくなり、日光の黄金きんは夢のやうに水の中に降つて来ました。

波から来る光の網が、底の白いいはの上で美しくゆらゆらのびたりちゞんだりしました。 泡や小さなごみからはまつすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。

魚がこんどはそこら中の黄金きんの光をまるつきりくちやくちやにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又上流かみの方へのぼりました。

『お魚はなぜあゝ行つたり来たりするの。』

弟のかにがまぶしさうに眼を動かしながらたづねました。

『何か悪いことをしてるんだよとつてるんだよ。』

『とつてるの。』

『うん。』

そのお魚がまた上流かみから戻つて来ました。 今度はゆつくり落ちついて、ひれも尾も動かさずたゞ水にだけ流されながらお口をのやうに円くしてやつて来ました。 その影は黒くしづかに底の光の網の上をすべりました。

序章-章なし
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やまなし - 情報

やまなし

やまなし

文字数 2,578文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 宮沢賢治全集8

親本 新修宮沢賢治全集 第十三巻

青空情報


底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第十三巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年3月
初出:「岩手毎日新聞」岩手毎日新聞社
   1923年(大正12年)4月8日
※「□」には、底本では「◆」が内接しています。
入力:石井健児
校正:高橋美奈子
1998年10月26日公開
2011年2月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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