セロ弾きのゴーシュ
著者:宮沢賢治
セロひきのゴーシュ - みやざわ けんじ
文字数:11,633 底本発行年:1989
ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。 けれどもあんまり上手でないという評判でした。 上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。
ひるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六
トランペットは一生けん命歌っています。
ヴァイオリンも二いろ風のように鳴っています。
クラリネットもボーボーとそれに手伝っています。
ゴーシュも口をりんと結んで
にわかにぱたっと楽長が両手を鳴らしました。 みんなぴたりと曲をやめてしんとしました。 楽長がどなりました。
「セロがおくれた。 トォテテ テテテイ、ここからやり直し。 はいっ。」
みんなは今の所の少し前の所からやり直しました。
ゴーシュは顔をまっ赤にして額に
「セロっ。 糸が合わない。 困るなあ。 ぼくはきみにドレミファを教えてまでいるひまはないんだがなあ。」
みんなは気の毒そうにしてわざとじぶんの譜をのぞき
「今の前の小節から。 はいっ。」
みんなはまたはじめました。 ゴーシュも口をまげて一生けん命です。 そしてこんどはかなり進みました。 いいあんばいだと思っていると楽長がおどすような形をしてまたぱたっと手を拍ちました。 またかとゴーシュはどきっとしましたがありがたいことにはこんどは別の人でした。 ゴーシュはそこでさっきじぶんのときみんながしたようにわざとじぶんの譜へ眼を近づけて何か考えるふりをしていました。
「ではすぐ今の次。 はいっ。」
そらと思って弾き出したかと思うといきなり楽長が足をどんと
「だめだ。 まるでなっていない。 このへんは曲の心臓なんだ。 それがこんながさがさしたことで。