ビール会社征伐
著者:夢野久作
ビールがいしゃせいばつ - ゆめの きゅうさく
文字数:2,965 底本発行年:1970
毎度、酒のお話で申訳ないが、今思い出しても腹の皮がピクピクして来る左党の傑作として記録して置く必要があると思う。
九州福岡の民政系新聞、九州日報社が政友会万能時代で経営難に陥っていた或る夏の最中の話……玄洋社張りの酒豪や仙骨がズラリと揃っている同社の編集部員一同、月給がキチンキチンと貰えないので酒が飲めない。
皆、仕事をする元気もなく机の
今でも福岡に支社を持っている××
「あの××麦酒に一つ庭球試合を申込んで遣ろうじゃないか」
と言うと、皆総立ちになって賛成した。
「果して御馳走に麦酒が出るか出ないか」
と遅疑する者もいたが、
「出なくともモトモトじゃないか」
と言うので一切の異議を一蹴して、直ぐに電話で相手にチャレンジすると、
「ちょうど選手も揃っております。 いつでも宜しい」
と言う色よい返事である。
「それでは明日が日曜で夕刊がありませんから午前中にお願いしましょう。 午後は仕事がありますから……五組で五回ゲーム。 午前九時から……結構です。 どうぞよろしく……」
という話が
困った筈である。
実はこっちでもヒドイ選手難に陥っていた。
モトモトテニスらしいものが出来るのは、正直のところ一滴も酒の飲めない筆者の一組だけで、ほかは皆、支那の兵隊と一般、テニスなんてロクに見た事もない連中が吾も吾もと
「オイ。
主将。
貴様は一滴も飲めないのだから選手たる資格はない。
俺が大将になって遣るから貴様は
と言うようなギャング張りが出て来たりして、主将のアタマがすっかり混乱してしまった。 仕方なしにそいつを選手外のマネージャー格に仮装して同行を許すような始末……それから原稿紙にテニス・コートの図を描いて一同に勝敗の理屈を説明し始めたが、真剣に聞く奴は一人もいない。
「やってみたら、わかるだろう」
とか何とか言ってドンドン帰ってしまったのには呆れた。 意気既に敵を呑んでいるらしかった。
翌る朝の日曜は青々と晴れたステキな庭球日和であった。
方々から借り集めたボロラケットの五、六本を束にした奴を筆者が自身に担いで門を出た時には、お負けなしのところ四条