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オツベルと象

著者:宮沢賢治

オツベルとぞう - みやざわ けんじ

文字数:5,641 底本発行年:1980
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

……ある牛飼うしかいがものがたる

第一日曜

オツベルときたら大したもんだ。 稲扱いねこき器械の六台もえつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。

十六人の百姓ひゃくしょうどもが、顔をまるっきりまっ赤にして足でんで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしからいて行く。 わらはどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。 そこらは、もみや藁からったこまかなちりで、変にぼうっと黄いろになり、まるで沙漠さばくのけむりのようだ。

そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀こはくのパイプをくわえ、吹殻ふきがらを藁に落さないよう、を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶらったり来たりする。

小屋はずいぶん頑丈がんじょうで、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱器械が、六台もそろってまわってるから、のんのんのんのんふるうのだ。 中にはいるとそのために、すっかり腹がくほどだ。 そしてじっさいオツベルは、そいつで上手に腹をへらし、ひるめしどきには、六寸ぐらいのビフテキだの、雑巾ぞうきんほどあるオムレツの、ほくほくしたのをたべるのだ。

とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。

そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。 白い象だぜ、ペンキをったのでないぜ。 どういうわけで来たかって? そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。

そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓どもはぎょっとした。 なぜぎょっとした? よくきくねえ、何をしだすか知れないじゃないか。 かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんの稲を扱いていた。

ところがそのときオツベルは、ならんだ器械のうしろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっとするどく象を見た。 それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおり往ったり来たりしていたもんだ。

するとこんどは白象が、片脚かたあしゆかにあげたのだ。 百姓どもはぎょっとした。 それでも仕事がいそがしいし、かかり合ってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱり稲を扱いていた。

オツベルはおくのうすくらいところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと象を見た。 それからいかにも退屈たいくつそうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、行ったり来たりやっていた。 ところが象が威勢いせいよく、前肢まえあし二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。 百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりをはきだした。 それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。

そしたらとうとう、象がのこのこ上って来た。 そして器械の前のとこを、呑気のんきにあるきはじめたのだ。

ところが何せ、器械はひどくまわっていて、もみは夕立かあられのように、パチパチ象にあたるのだ。 象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。

オツベルはやっと覚悟かくごをきめて、稲扱いねこき器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、うぐいすみたいないい声で、こんな文句をったのだ。

「ああ、だめだ。 あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」

まったく籾は、パチパチパチパチ歯にあたり、またまっ白な頭や首にぶっつかる。

さあ、オツベルは命懸いのちがけだ。 パイプを右手にもち直し、度胸を据えてう云った。

「どうだい、此処ここ面白おもしろいかい。」

序章-章なし
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オツベルと象 - 情報

オツベルと象

オツベルとぞう

文字数 5,641文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新編 銀河鉄道の夜

親本 新修宮沢賢治全集 第十三巻

青空情報


底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年6月15日発行
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第十三巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年3月
※「〔一字不明〕」は、底本編集時の注記です。
入力:r.sawai
校正:篠宮康彰
1999年2月6日公開
2011年2月14日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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