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土神ときつね

著者:宮沢賢治

つちがみときつね - みやざわ けんじ

文字数:9,333 底本発行年:1990
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

(一)

一本木の野原の、北のはずれに、少し小高くりあがった所がありました。 いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗きれいな女のかばの木がありました。

それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒く光り、えだは美しくびて、五月には白い花を雲のようにつけ、秋は黄金きんあかやいろいろの葉を降らせました。

ですからわたり鳥のかっこうや百舌もずも、また小さなみそさざいや目白もみんなこの木にまりました。 ただもしも若いたかなどが来ているときは小さな鳥は遠くからそれを見付けて決して近くへ寄りませんでした。

この木に二人の友達がありました。 一人は丁度、五百歩ばかりはなれたぐちゃぐちゃの谷地やちの中に住んでいる土神で一人はいつも野原の南の方からやって来る茶いろのきつねだったのです。

樺の木はどちらかとえば狐の方がすきでした。 なぜなら土神の方は神という名こそついてはいましたがごく乱暴でかみもぼろぼろの木綿糸のたばのようも赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしでつめも黒く長いのでした。 ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多めったに人をおこらせたり気にさわるようなことをしなかったのです。

ただもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。

(二)

夏のはじめのある晩でした。 樺には新らしいやわらかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもうあまがわがしらしらと渡り星はいちめんふるえたりゆれたりともったり消えたりしていました。

その下を狐が詩集をもって遊びに行ったのでした。 仕立おろしのこんの背広を着、赤革あかがわくつもキッキッと鳴ったのです。

「実にしずかな晩ですねえ。」

「ええ。」 樺の木はそっと返事をしました。

さそりぼしが向うをっていますね。 あの赤い大きなやつをむかし支那しなではと云ったんですよ。」

「火星とはちがうんでしょうか。」

「火星とはちがいますよ。 火星は惑星わくせいですね、ところがあいつは立派な恒星こうせいなんです。」

「惑星、恒星ってどういうんですの。」

「惑星というのはですね、自分で光らないやつです。 つまりほかから光を受けてやっと光るように見えるんです。 恒星の方は自分で光るやつなんです。 お日さまなんかは勿論もちろん恒星ですね。 あんなに大きくてまぶしいんですがもし途方とほうもない遠くから見たらやっぱり小さな星に見えるんでしょうね。」

「まあ、お日さまも星のうちだったんですわね。 そうして見ると空にはずいぶん沢山たくさんのお日さまが、あら、お星さまが、あらやっぱり変だわ、お日さまがあるんですね。」

狐は鷹揚おうように笑いました。

「まあそうです。」

「お星さまにはどうしてああ赤いのや黄のや緑のやあるんでしょうね。」

狐は又鷹揚に笑ってうでを高く組みました。 詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。

「星にだいだいや青やいろいろある訳ですか。

序章-章なし
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土神ときつね - 情報

土神ときつね

つちがみときつね

文字数 9,333文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 注文の多い料理店

青空情報


底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1995(平成7)年5月30日11刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:土神ときつね

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