蜘蛛となめくじと狸
著者:宮沢賢治
くもとなめくじとたぬき - みやざわ けんじ
文字数:7,756 底本発行年:1989
蜘蛛と、銀色のなめくじとそれから顔を洗ったことのない狸とはみんな立派な選手でした。
けれども一体何の選手だったのか私はよく知りません。
一体何の競争をしていたのか、私は三人がならんでかける所も見ませんし学校の試験で一番二番三番ときめられたことも聞きません。
一体何の競争をしていたのでしょう、蜘蛛は手も足も赤くて長く、胸には「ナンペ」と書いた蜘蛛文字のマークをつけていましたしなめくじはいつも銀いろのゴムの
けれどもとにかく三人とも死にました。
蜘蛛は
一、赤い手長の蜘蛛
蜘蛛の伝記のわかっているのは、おしまいの一ヶ年間だけです。
蜘蛛は森の
あんまりひもじくておなかの中にはもう糸がない位でした。 けれども蜘蛛は
「うんとこせうんとこせ」と
夜あけごろ、遠くから
蜘蛛はまるできちがいのように、葉のかげから飛び出してむんずと蚊に食いつきました。
蚊は「ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。」
と
蜘蛛はそして葉のかげに
「ここはどこでござりまするな。」
と云いながらめくらのかげろうが
「ここは宿屋ですよ。」 と蜘蛛が六つの眼を別々にパチパチさせて云いました。
かげろうはやれやれというように、
「さあ、お茶をおあがりなさい。」
と云いながらかげろうの
かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、
「あわれやむすめ、父親が、
旅で果てたと聞いたなら」
と哀れな声で歌い出しました。