• URLをコピーしました!

蜘蛛となめくじと狸

著者:宮沢賢治

くもとなめくじとたぬき - みやざわ けんじ

文字数:7,756 底本発行年:1989
著者リスト:
著者宮沢 賢治
0
0
0


序章-章なし

蜘蛛と、銀色のなめくじとそれから顔を洗ったことのない狸とはみんな立派な選手でした。

けれども一体何の選手だったのか私はよく知りません。

山猫やまねこが申しましたが三人はそれはそれは実に本気の競争をしていたのだそうです。

一体何の競争をしていたのか、私は三人がならんでかける所も見ませんし学校の試験で一番二番三番ときめられたことも聞きません。

一体何の競争をしていたのでしょう、蜘蛛は手も足も赤くて長く、胸には「ナンペ」と書いた蜘蛛文字のマークをつけていましたしなめくじはいつも銀いろのゴムのくつをはいていました。 また狸は少しこわれてはいましたが運動シャッポをかぶっていました。

けれどもとにかく三人とも死にました。

蜘蛛は蜘蛛暦くもれき三千八百年の五月にくなり銀色のなめくじがその次の年、狸が又その次の年死にました。 三人の伝記をすこしよく調べて見ましょう。

一、赤い手長の蜘蛛

蜘蛛の伝記のわかっているのは、おしまいの一ヶ年間だけです。

蜘蛛は森の入口いりくちならの木に、どこからかある晩、ふっと風に飛ばされて来てひっかかりました。 蜘蛛はひもじいのを我慢がまんして、早速さっそくお月様の光をさいわいに、あみをかけはじめました。

あんまりひもじくておなかの中にはもう糸がない位でした。 けれども蜘蛛は

「うんとこせうんとこせ」といながら、一生けん命糸をたぐり出して、それはそれは小さな二銭銅貨位の網をかけました。

夜あけごろ、遠くからがくうんとうなってやって来て網につきあたりました。 けれどもあんまりひもじいときかけた網なので、糸に少しもねばりがなくて、蚊はすぐ糸を切って飛んで行こうとしました。

蜘蛛はまるできちがいのように、葉のかげから飛び出してむんずと蚊に食いつきました。

蚊は「ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。」 あわれな声で泣きましたが、蜘蛛は物も云わずに頭から羽からあしまで、みんな食ってしまいました。 そしてホッと息をついてしばらくそらを向いて腹をこすってから、又少し糸をはきました。 そして網が一まわり大きくなりました。

蜘蛛はそして葉のかげにもどって、六つのをギラギラ光らせてじっと網をみつめてりました。

「ここはどこでござりまするな。」 と云いながらめくらのかげろうがつえをついてやって参りました。

「ここは宿屋ですよ。」 と蜘蛛が六つの眼を別々にパチパチさせて云いました。

かげろうはやれやれというように、こしをかけました。 蜘蛛は走って出ました。 そして

「さあ、お茶をおあがりなさい。」 と云いながらかげろうの胴中どうなかにむんずとみつきました。

かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、

「あわれやむすめ、父親が、

旅で果てたと聞いたなら」

と哀れな声で歌い出しました。

序章-章なし
━ おわり ━  小説TOPに戻る
0
0
0
読み込み中...
ブックマーク系
サイトメニュー
シェア・ブックマーク
シェア

蜘蛛となめくじと狸 - 情報

蜘蛛となめくじと狸

くもとなめくじとたぬき

文字数 7,756文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 新編 風の又三郎

親本 新修宮沢賢治全集

青空情報


底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   2001(平成13)年4月25日14刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:林 幸雄
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:蜘蛛となめくじと狸

小説内ジャンプ
コントロール
設定
しおり
おすすめ書式
ページ送り
改行
文字サイズ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!