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フランドン農学校の豚

著者:宮沢賢治

フランドンのうがっこうのぶた - みやざわ けんじ

文字数:11,484 底本発行年:1989
著者リスト:
著者:宮沢 賢治
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序章-章なし

〔冒頭原稿一枚?なし〕

以外の物質は、みなすべて、よくこれを摂取(せっしゅ)して、脂肪(しぼう)若(もし)くは蛋白質(たんぱくしつ)となし、その体内に蓄積(ちくせき)す。」 とこう書いてあったから、農学校の畜産(ちくさん)の、助手や又(また)小使などは金石でないものならばどんなものでも片(かた)っ端(ぱし)から、持って来てほうり出したのだ。

尤(もっと)もこれは豚の方では、それが生れつきなのだし、充分(じゅうぶん)によくなれていたから、けしていやだとも思わなかった。 却(かえ)ってある夕方などは、殊(こと)に豚は自分の幸福を、感じて、天上に向いて感謝していた。 というわけはその晩方、化学を習った一年生の、生徒が、自分の前に来ていかにも不思議そうにして、豚のからだを眺(なが)めて居た。 豚の方でも時々は、あの小さなそら豆形(まめがた)の怒(おこ)ったような眼(め)をあげて、そちらをちらちら見ていたのだ。 その生徒が云(い)った。

「ずいぶん豚というものは、奇体(きたい)なことになっている。 水やスリッパや藁(わら)をたべて、それをいちばん上等な、脂肪や肉にこしらえる。 豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒(しょくばい)だ。 白金と同じことなのだ。 無機体では白金だし有機体では豚なのだ。 考えれば考える位、これは変になることだ。」

豚はもちろん自分の名が、白金と並べられたのを聞いた。 それから豚は、白金が、一匁(いちもんめ)三十円することを、よく知っていたものだから、自分のからだが二十貫で、いくらになるということも勘定(かんじょう)がすぐ出来たのだ。 豚はぴたっと耳を伏(ふ)せ、眼を半分だけ閉じて、前肢(まえあし)をきくっと曲げながらその勘定をやったのだ。

20×1000×30=600000 実に六十万円だ。 六十万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士(しんし)なのだ。 いまだってそうかも知れない。 さあ第一流の紳士だもの、豚がすっかり幸福を感じ、あの頭のかげの方の鮫(さめ)によく似た大きな口を、にやにや曲げてよろこんだのも、けして無理とは云われない。

ところが豚の幸福も、あまり永くは続かなかった。

それから二三日たって、そのフランドンの豚は、どさりと上から落ちて来た一かたまりのたべ物から、(大学生諸君、意志を鞏固(きょうこ)にもち給(たま)え。 いいかな。)たべ物の中から、一寸(ちょっと)細長い白いもので、さきにみじかい毛を植えた、ごく率直(そっちょく)に云うならば、ラクダ印の歯磨楊子(はみがきようじ)、それを見たのだ。 どうもいやな説教で、折角洗礼を受けた、大学生諸君にすまないが少しこらえてくれ給え。

豚は実にぎょっとした。 一体、その楊子の毛をみると、自分のからだ中の毛が、風に吹(ふ)かれた草のよう、ザラッザラッと鳴ったのだ。 豚は実に永い間、変な顔して、眺めていたが、とうとう頭がくらくらして、いやないやな気分になった。 いきなり向うの敷藁(しきわら)に頭を埋(う)めてくるっと寝(ね)てしまったのだ。

晩方になり少し気分がよくなって、豚はしずかに起きあがる。 気分がいいと云ったって、結局豚の気分だから、苹果(りんご)のようにさくさくし、青ぞらのように光るわけではもちろんない。 これ灰色の気分である。 灰色にしてややつめたく、透明(とうめい)なるところの気分である。 さればまことに豚の心もちをわかるには、豚になって見るより致(いた)し方ない。

外来ヨークシャイヤでも又黒いバアクシャイヤでも豚は決して自分が魯鈍(ろどん)だとか、怠惰(たいだ)だとかは考えない。 最も想像に困難なのは、豚が自分の平らなせなかを、棒でどしゃっとやられたとき何と感ずるかということだ。 さあ、日本語だろうか伊太利亜(イタリア)語だろうか独乙(ドイツ)語だろうか英語だろうか。 さあどう表現したらいいか。 さりながら、結局は、叫び声以外わからない。

序章-章なし
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フランドン農学校の豚 - 情報

フランドン農学校の豚

フランドンのうがっこうのぶた

文字数 11,484文字

著者リスト:
著者:宮沢 賢治

底本 新編 風の又三郎

親本 新修宮沢賢治全集

青空情報


底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   2001(平成13)年4月25日14刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:林 幸雄
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:フランドン農学校の豚

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