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ひかりの素足

著者:宮沢賢治

ひかりのすあし - みやざわ けんじ

文字数:17,058 底本発行年:1986
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

一、山小屋

鳥の声があんまりやかましいので一郎は眼をさましました。

もうすっかり夜があけてゐたのです。

小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向ふのかやの壁の山刀やはむばきを照らしてゐました。

土間のまん中ではほだが赤く燃えてゐました。 日光の棒もそのけむりのために青く見え、またそのけむりはいろいろなかたちになってついついとその光の棒の中を通って行くのでした。

「ほう、すっかり夜ぁ明げだ。」 一郎はひとりごとをひながら弟の楢夫ならをの方に向き直りました。 楢夫の顔はりんごのやうに赤く口をすこしあいてまだすやすやねむって居ました。 白い歯が少しばかり見えてゐましたので一郎はいきなり指でカチンとその歯をはじきました。

楢夫は目をつぶったまゝ一寸ちょっと顔をしかめましたがまたすうすう息をしてねむりました。

「起ぎろ、楢夫、夜ぁ明げだ、起ぎろ。」 一郎は云ひながら楢夫の頭をぐらぐらゆすぶりました。

楢夫はいやさうに顔をしかめて何かぶつぶつ云ってゐましたがたうとううすく眼を開きました。 そしていかにもびっくりしたらしく

「ほ、山さ来てらたもな。」 とつぶやきました。

昨夜ゆべな今朝方けさかだだ※[#小書き平仮名た、240-7]がな、火ぁでらたな、おべだが。」

一郎が云ひました。

「知らなぃ。」

「寒くてさ。 お父さん起ぎて又燃やしたやうだっけぁ。」

楢夫は返事しないで何かぼんやりほかのことを考えてゐるやうでした。

「お父さんそどかせぃでら。 さ、起ぎべ。」

「うん。」

そこで二人は一所いっしょにくるまって寝た小さな一枚の布団から起き出しました。 そして火のそばに行きました。 楢夫はけむさうにめをこすり一郎はじっと火を見てゐたのです。

外では谷川がごうごうと流れ鳥がツンツン鳴きました。

その時にはかにまぶしい黄金きんの日光が一郎の足もとに流れて来ました。

顔をあげて見ますと入口がパッとあいて向ふの山の雪がつんつんと白くかゞやきお父さんがまっ黒に見えながら入って来たのでした。

「起ぎだのが。 昨夜ゆべな寒ぐなぃがったが。」

「いゝえ。」

「火ぁでらたもな。 おれぁ二度起ぎで燃やした。 さあ、口すすげ、ままでげでら、楢夫。」

「うん。」

序章-章なし
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ひかりの素足 - 情報

ひかりの素足

ひかりのすあし

文字数 17,058文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 宮沢賢治全集5

青空情報


底本:「宮沢賢治全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年3月25日第1刷発行
   1992(平成4)年3月10日第6刷発行
入力:あきら
校正:伊藤時也
2000年2月4日公開
2005年10月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:ひかりの素足

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