南国太平記
著者:直木三十五
なんごくたいへいき - なおき さんじゅうご
文字数:486,604 底本発行年:1989
呪殺変
高い、梢の若葉は、早朝の微風と、和やかな陽光とを、健康そうに喜んでいたが、鬱々とした大木、老樹の下蔭は、薄暗くて、密生した灌木と、雑草とが、未だ濡れていた。
その細径の、灌木の上へ、草の上へ、陣笠を、肩を、見せたり、隠したりしながら、二人の人が、登って行った。
陣笠は、裏金だから士分であろう。
前へ行くその人は、六十近い、
老人は、長い杖で左右の草を、掻き分けたり、たたいたり、撫でたり、供の人も、同じように、草の中を注意しながら、登って行った。
老人は、島津家の兵道家、
行手の草が揺らいで、足音がした。
玄白斎は、杖を止めて立止まった。
仁十郎も、警戒した。
現れたのは猟師で、鉄砲を引きずるように持ち、小脇に、重そうな獲物を抱えていた。
猟師が二人を見て、ちらっと上げた眼は、赤くて、悲しそうだった。
そして、小脇の獣には首が無かった。
疵口には、血が赤黒く凝固し、毛も血で固まっていた。
猟師は、一寸立止まって、二人に道を譲って、
「それは?」
と、聞いた。 猟師は、伏目で、悲しそうに獣を眺めてから
「わしの犬でがすよ」
「犬が――何んとして、首が無いのか?」
猟師は、
「どこの奴だか、ひどいことをするでねえか、御侍様、
猟師は、うつむいて涙声になった。
「長い間、忠義にしてくれた犬だもんだから、庭へでも埋めてやりてえと、こうして持って戻りますところだよ」
玄白斎は、じっと、犬を眺めていたが
「よく、葬ってやるがよい」
玄白斎は、仁十郎に目配せして、また、草叢をたたきながら歩き出した。
「気をつけて行かっし――天狗様かも知れねえ」
猟師は、草の中に手をついて、二人に、御叩頭をした。
細径は、急ではないが、登りになった。
玄白斎は、うつむいて、杖を力に――だが、目だけは、左右の草叢に、そそがれていた。
小一町登ると、左手に蒼空が、果てし無く拡がって、杉の老幹が