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毒もみのすきな署長さん

著者:宮沢賢治

どくもみのすきなしょちょうさん - みやざわ けんじ

文字数:3,025 底本発行年:1986
著者リスト:
著者宮沢 賢治
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序章-章なし

四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白いあわをはいて、プハラの国にはいるのでした。 四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。 その川はふだんは水もすきとおり、ふちには雲やかげもうつるのでしたが、一ぺん洪水こうずいになると、はば十町もあるやなぎの生えた広い河原かわらが、おそろしくえる水で、いっぱいになってしまったのです。 けれども水が退きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。 その河原のところどころには、あしやがまなどの岸に生えた、ほそ長いぬまのようなものがありました。

それはむかしの川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。 その中には魚がたくさんおりました。 ことにどじょうとなまずがたくさんおりました。 けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまずは、みんなばかにして食べませんでしたから、それはいよいよ増えました。

なまずのつぎに多いのはやっぱりこいふなでした。 それからはやもおりました。 ある年などは、そこに恐ろしい大きなちょうざめが、海からげて入って来たという、評判などもありました。 けれども大人おとなかしこい子供らは、みんな本当にしないで、笑っていました。 第一それをいだしたのは、剃刀かみそりを二ちょうしかもっていない、下手へた床屋とこやのリチキで、すこしもあてにならないのでした。 けれどもあんまり小さい子供らは、毎日ちょうざめを見ようとして、そこへ出かけて行きました。 いくらまじめにながめていても、そんなおおきなちょうざめは、泳ぎもうかびもしませんでしたから、しまいには、リチキは大へん軽べつされました。

さてこの国の第一条の

「火薬を使って鳥をとってはなりません、

毒もみをして魚をとってはなりません。」

というその毒もみというのは、何かと云いますと床屋のリチキはこう云う風に教えます。

山椒さんしょうの皮を春のうまの日の暗夜やみよいて土用を二回かけてかわかしうすでよくつく、その目方一貫匁かんめを天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それをふくろに入れて水の中へ手でもみ出すことです。

そうすると、魚はみんな毒をのんで、口をあぶあぶやりながら、白い腹を上にして浮びあがるのです。 そんなふうにして、水の中で死ぬことは、この国のことばではエップカップと云いました。 これはずいぶんいい語です。

とにかくこの毒もみをするものをおさえるということは警察のいちばん大事な仕事でした。

ある夏、この町の警察へ、新らしい署長さんが来ました。

この人は、どこか河獺かわうそに似ていました。 赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。 署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。

驢馬ろばが頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中であかぼうがあんまり泣いていると疱瘡ほうそうまじないを早くしないといけないとお母さんに教えました。

ところがそのころどうも規則の第一条を用いないものができてきました。 あの河原のあちこちの大きな水たまりからいっこう魚がれなくなって時々は死んでくさったものも浮いていました。 また春の午の日の夜の間に町の中にたくさんある山椒の木がたびたびつるりと皮を剥かれておりました。 けれども署長さんも巡査じゅんさもそんなことがあるかなあというふうでした。

ところがある朝手習の先生のうちの前の草原で二人の子供がみんなに囲まれてかわがわる話していました。

「署長さんにうんとしかられたぞ」

「署長さんに叱られたかい。」 少し大きなこどもがききました。

「叱られたよ。

序章-章なし
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毒もみのすきな署長さん - 情報

毒もみのすきな署長さん

どくもみのすきなしょちょうさん

文字数 3,025文字

著者リスト:
著者宮沢 賢治

底本 ちくま日本文学全集 宮沢賢治

親本 宮沢賢治全集6

青空情報


底本:「ちくま日本文学全集 宮沢賢治」筑摩書房
   1991(平成3)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「宮沢賢治全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年5月27日第1刷発行
入力:古村充
校正:野口英司
1998年10月17日公開
2011年2月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

青空文庫:毒もみのすきな署長さん

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